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第九章 運命の渦巻 第10話 10.05.19


 

エドウィンはシュタウヘン伯爵の死刑執行後から不眠症になってしまった。

白黒がはっきりできない自分の正義が惨めでつらかった。

グレアム伯爵が冷たく厳しくすることもわかる。

息子を保護する為、国王の命令に従えなかったシュタウヘン伯爵も理解できる。

どちらが間違っていると結論は出せないが、心の底から何かが間違っていると感じている。

父親が何も言わないこともエドウィンの心を乱している原因の一つになっていた。

あえてしっかりと叱られたら、少しは楽になったかも知れないのに

父親はまるで何もなかったかのようにその件に関しては口を出さなかった。

ジフリトは苦しんでいるエドウィンを慰める為、励ましの言葉をかけてくれたが、心の曇りは消えなかった。

全ての悩みはエドウィン自ら結論を出すまで終わらない。

心の底から納得いく結論を出すまで終わらないだろう。

 

「空は青く、雲は白いということが当たり前のはずが…

今は雲が青くて、空が白いのではないかという疑問まで浮かんでしまう…」

 

エドウィンは窓辺に座って空を見上げながらつぶやいた。

当たり前だと思っていたことが、今は全部分からなくなってしまった。

疑問は疑問を生み続け、神は本当に我々を見守っているのかという根本にまでたどりついてしまった。

大陸所々で新しいモンスターが生まれ、数多くの人々がモンスターに命を奪われた。

治癒できない疫病がはやり、狂気にとらわれた人々が自分の家族を殺すということまで起きた。

 

「人を殺す神まで現れた…」

 

グラット要塞で起きたことがまるで昨日のことのように生々しい。

胸に大きい穴が開いたまま、剣を振るいまわっていたハウト。

狂気の赤い目を宿し、お互いを攻撃しあった兵士達…

殺気と憎悪を帯びた目で自分を睨みつけた神まで…

キッシュは、彼は本物の神ではないと言った。ならモンスター

しかし、あの強く感じられる聖なる気運と壮大な力は、神でないと説明がつかない。

エドウィンはトリアンから聞いた話をふと思い出した。

 

ヴィア・マレアの大神官であるリマ・ドゥルシルは、主神オンの消滅を目撃し、

理由はわからないがその後から下位神達がロハン大陸全体に敵意を表しているといった。

増え続けているモンスターも下位神から作られたと、

下位神たちが望んでいるのは、ロハン大陸の滅亡…

当初はトリアンの話を受け入れることができなかった。

聖騎士団で報告するときもトリアンから聞いた話は一切出さなかった。

しかし時間が経つにつれ、だんだんトリアンの話が頭の中を大きく占めていった。

また彼女と同じく現状を解釈するラウケ神団の人々と出会った後から、

神たちは本当にロハン大陸の全てを滅ぼそうとしているのではないかと思うようになった。

ダン族についてもっと情報を得るためヘルラックについて調べ始めたが、

無意識のうちに、ヘルラックの情報から「この世を壊しているのは本当に神たちなのか?」に対する

疑問への答えを求めてきたような気がする。

 

「結局、ヘルラックに関する資料は何も得られなかった。答えは出ないのか…?」

 

重いため息をついているエドウィンの耳にドアをたたく音が聞こえてきた。

ドアの外には執事がいた。

 

「ジフリトさんが、お客さんを連れてきました。エドウィンさんにも一緒に来て欲しいそうです」

 

「わかりました。今すぐ向かいます」

 

エドウィンは着替え、応接室へ向かった。

ジフリトは司祭になってから一度も客を連れてきたことがなかったので、久しぶりのことだった。

もしかして落ち込んでいる弟のために楽しい話を聞かせてくれる客を招待したのかも知れない。

エドウィンは応接室の前でドアをたたいた。

 

「入ってこい」

 

エドウィンはドアを開いて驚いた。

ジフリトの隣に座っている人はトリアン・ファベルだった。

グラット要塞で自分の命を救ってくれて、少し話をしただけだったが、エドウィンは彼女をはっきりと覚えていた。

エドウィンの驚いた顔を見て、トリアンは微笑んだ。

 

「久しぶりですね」

 

「トリアンさんが…どうして…ここに…?」

 

「図書館でファベルさんに会ったのだが、俺の名前を聞くと、お前を知っているかとたずねられてね。

ご縁だと思って家に連れてきた。」

 

手にしていたティーカップをテーブルに置きながらジフリトが答えた。

 

「探したい物がありまして、アインホルンまできました。エドウィンさんと出会えると思わなかったのですが、

再会できて嬉しいです。」

 

「僕も嬉しいです。さて、何を探しているのですか?

ヴィア・マレアからデル・ラゴスまでは近い距離ではありませんが…」

 

「ヘルラックを探しています。」

 

「ヘルラック?!」

 

驚いたエドウィンはトリアンとジフリトの顔を繰り返してみていた。

ジフリトは少し迷った様子だったが、静かに口を開いた。

 

「それについて…ヘルラックについて話したいことがあって、ファベルさんをうちに招待した。

お前にもな。」

 

エドウィンはさらに驚いた。

 

「話を始める前にひとつ聞きたいことがあります。ファベルさんはなぜヘルラックを探しているのですか?」

 

「それは…」

 

トリアンがすぐ話せず躊躇すると、ジフリトがはっきりとした口調で話した。

 

「デル・ラゴスでは、ヘルラックは禁じられている言葉です。

表向きには反乱を起こした主要人物ということになっていますが、

より重要な理由でヘルラックに関する全てのことが隠されています。

エルフのファベルさんがなぜヘルラックについて調べているのか答えてください。」

 

「ジフリトさんは、大神殿の司祭ですね。だからこそ今から私の話を聞いて衝撃を受けるかも知れません。

聞かない方がいい話かも知れません。それでも知りたいですか?」

 

ジフリトは静かにうなずいた。トリアンは覚悟を決めるように息を呑んでから話し始めた。

 

「今世の中は混沌に満ちています。まるで破滅に向かって一歩一歩進んでいるように…

ヴィア・マレアの神官は神たちが我々を消滅させる為だといいました。

私たちはその未来を変える為に預言者デルフィンの記録を探してみました。

彼はヴィア・マレアの元の首都がモンスターに襲われるということを予言したことがありますので、

現状に関しても何か予言があるのではないかと思ったからです。

結果彼が残した一つの予言詩を見つけることが出来ましたが、解釈が出来ませんでした。

唯一の鍵はヘルラックだけでした。デルフィンはヘルラックについて述べていました。」

 

「わかりました…やっと確信できました。

エドウィンとファベルさんに俺が知っているヘルラックに関して話すべきだということを…」

 

 

第9章11話もお楽しみに!
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