第二章 神を失った世界
第1話 1/2/3 トリアンは花束を祭壇の上に置いて母親のための祈りをあげた。 そして任務のために命を失ったエルフのための短い祈りも加えた。 彼女の祈りが終わり、立ち上がると、祭壇を眺めているリマ・ドルシルの疲れた表情が見えた。 リマがゆっくりこう言った。 「習慣って恐ろしいものですね。もうあなたも私も知っているのに。 私達の祈りを聞いてくれる方はもう誰もいないということを…」 同じことを考えていたトリアンも頷いた。 リマ・ドルシルは3人のエルフを派遣して調査したロハン大陸の現況をエルフの女王シルラ・マヨル・レゲノンに報告した。 秘密裏に大神官の報告をきいた女王はしばらく沈黙し、すぐこの全ての事実を秘密にすることを命じた。 リマ・ドルシルは女王の命令の理由が分かるような気がした。 エルフの国ヴィア・マレアは女神への愛や尊敬を基本に建てられた国。 神への信頼が壊れたらこの国は混乱に落ちる。 東のダークエルフ、北のジャイアントが不審に動いているこの時期に、国内に不安の種を撒くのは避けるのが正しい。 しかしいつまで隠せるのだろう。 すでに、神がこの大陸を捨てたという噂は暗々裏に広がっていた。 どこかの地域では熱狂的な信徒が神の意志に従い、自ら人々を虐殺しているという話しも聞かれた。 この大陸に血の嵐に巻き込まれるのはもう時間の問題だ。 「大神官、私はこれで失礼します。」 いきなり聞こえた声でリマ・ドルシルの意識は現実に戻った。 トリアンが会釈し、リマは軽くうなずいた。 トリアンは神殿の門を出て外へ出て行った。 その後ろ姿を眺めながらエルフの大神官は小さな声で呟いた。 「さようなら……まだ帰るところがあるうちに帰りなさい。」 ・次の話に進む ・次の章に進む ・前の節に戻る ・前の章に戻る ・目次へ戻る |