第三章 因果の輪

第4話 1/2/3/4

土から湧き上がる湿気が空気中に漂う寒い夜中だった。
森の奥は鳥肌が立つほど物静かで、空を覆った枝の隙間からは青く冷めた満月が見えた。
薄くて暗い霧が森全体を包んでいる感じで、大気は一層重く感じられる。
まるで誰かの手が首を絞めているような気分だった。

フロイオンには今ここがどこなのか、分かることができない。
いくら周りを見回しても目に見えるのは暗闇だけで、まるで体が空中に浮いているように感じがした。
指一本動くのもゆっくりだ。
キャンプで襲われてから、一週間ぐらいが経ったのか。
いや、もっとかもしれないが、どれほどの時間が流れたかは分からない。
自分の目の前でロビナが殺され、そのショックから抜け出せる間もなく、追っ手の追撃が始まったためだ。
フロイオンがその追撃からいくら逃げようとしても彼らは諦めなかった。
そしてフロンは彼らが自分の遺体を確認するまでは絶対諦めないということに気付いた。
激しい追跡や逃亡でフロンが得たのは肩に深い傷、そして底に達した体力だった。
彼は魔法が使えなくなるほど疲れてしまった。

王族である自分がこんなひどい状況で生き残っているっていうことにフロンは驚いていた。
幼い頃から国王である兄やその追従勢力から命を狙われていた彼だが、それでも暖かくて何一つ足りない物のなかった環境であったため、自分が今のようにひどい目に会うとは想像もしたことがない。
もちろんその時は恐怖や不安や絶望的な気持ちは今に比べたら相当ひどいものだった。
今は少なくとも自分の命は自分で守れるじゃないか。
彼は叶えられなかった夢のためにも、ここでは死ねないと思った。

だがそんな彼の望みとは裏腹に、目の前は曇って見えなくなり、足から力が抜けていった。
全身が疲れに襲われる気がした。
すぐ横になって休みたいとの気持ちでいっぱいだったが、またどこから追っ手が出てくるか油断はできない。
肩の傷を手で握り、前へ進むしかなかった。
彼の額から流れた汗が顎の下のほうに落ちた瞬間、向こうの草むらが揺れた。
フロイオンはスタッフを握っていた手に力を入れた。
これ以上魔法を使う気力もない、体は緊張している。
手は汗で濡れて、体温が下がっていく気がした。
もしかするとこれが自分の最後かも知れないという予感が頭を横切った。
だが、彼はこんなに簡単には死なないと、草むらの下に体を屈みこんだ。

草むらから聞こえてくる足の音がだんだん大きくなり、その足音の主がそこから出た瞬間フロイオンはスタッフを持ち上げて魔法攻撃の呪文を唱えた。
しかし草むらから出てきたのは黒い瞳のハーフリングだった。
その無邪気な顔には驚いた表情を浮かべている。フロイオンは自分のミスに気付き、魔法攻撃の呪文をやめた。
しかし既に無理をしてしまった彼は大量の血を思いっきり吐き出してしまった。

「おい、どうしたの?おい!」

ハーフリングが驚いた顔で走ってきた。
フロイオンは倒れながらも走ってくるそのハーフリングの白い制服が眩しいと思った。
その白が自分をこの闇から救ってくれる唯一の光のように思えた。
彼はしっかりしようと頑張ったが、意識は遠くなっていき、結局気を失ってしまった。
フロイオンは暗い闇の中で一人で立っていた。
彼の前には人の遺体が山ほどあり、そこから流れた大量の血が足元まで濡らしていた。
その死体はフロイオンのせいで死んでしまったり、死を選ばざるを得なかった人々の死体。
いつかは彼らに許しを求める日が来るだろうが、今はその時期ではない。

「しっかりして」

フロイオンは目を開けたが、まだ夢と現実の境界で覚めないでいた。
目の前にいるハーフリングの少年は何人かの仲間らしい人々と心配そうな顔でフロイオンの顔を眺めていた。
彼らは皆同じ白い制服を着ていたが、皆違う種族だった。
フロイオンは口を開いて濁った声で聞いた。


・次の節に進む
・次の話に進む
・次の章に進む
・前の話に戻る
・前の章に戻る
・目次へ戻る