第六章 嵐の前夜

第3話 1/2/3/4/5

トリアンがクレア工房に着いたのは、楡の森が夕焼け色に染まり始める頃だった。

ヴェーナからアインホルンに繋がる近道にあるクレア工房はいつもヴェーナから北へ向かう旅行者で賑わった。
途中で安全に休める適当な場所が無いということもあるが、クレア工房ではロハン大陸で得られる最も立派な武器や防具が比較的安い価格で販売されているからである。
他の地域と比べ、クレア工房で品物が低価格で販売されるのは貿易商人の手を経由しないからだった。

エルフたちは各種魔法武器や防具を作ることに優れていて、それを製作するための工房がかなり多くの場所に存在している。
その中でもっとも有名な場所がクレア工房で、この工房で作られる品物はアステリオというエルフが開発した`クレア工法`で作られるため他の工房のものより丈夫で優秀な魔法効果を持つ。
`クレア工法`とは世の中の全ての物質は自然界に存在する様々な元素で構成されているという元素理論を応用したもので、職人が魔力を利用して色んな元素を結合させて、思うままの材質と形の物を作る方法である。
魔力を使うということから`クレア工法`で作られた魔法武器や防具は一般的な方法で作られたものと違って、使用者の魔力を強化する効果があった。
そういうことから`クレア工法`を開発したアステリオがヴェーナを離れ北の楡の森にクレア工房を建てた時には多くのエルフが惜しみ、ヴェーナから離れているにも関わらず、魔法の武具を購入するためわざわざクレア工房を訪ねた。

だが、今日トリアンがクレア工房を訪ねたのは、他の人とは違ってごく個人的な理由のためだった。
クレア工房には35年前、自分の命を救ってくれた司祭ジェニスが住んでいた。
当時モンスターの襲撃を受けたレゲンからヴェーナに避難している途中トリアンを抱いて逃げていた母は大きな傷を負って死んでしまった。
その時マレアの神殿で勤めていたジェニスが母に抱かれていたトリアンを発見して、ヴェーナで待っていた父のところまで連れて行った。
もしジェニスに見つけられなかったら、トリアンはモンスターや野生の動物に殺されるか餓死したのかも知れなかった。
だからトリアンはジェニスを命の恩人と思い、ずっと今まで連絡し続けてきたのである。
トリアンが魔法アカデミーに入学してからは忙しくなってなかなか会えなかったため、今回アインホルンへ向かう途中で彼女に会うことにした。


・次の節に進む
・次の話に進む
・次の章に進む
・前の話に戻る
・前の章に戻る
・目次へ戻る