第六章 嵐の前夜

第10話 1/2/3/4/5/6/7/8

トリアンはビスケットにバターを塗りながらオルネラの事を聞いた。深くため息をついたジェニスが沈んだ声で答えた。

「オルネラはライネル川下流辺りの小さい村で暮らしていた子よ。しかし、オルネラが5歳になった年、その村にモンスター達が襲撃してみんな命を落としたの。その村の唯一の生存者がオルネラよ。私が発見した時にはモンスターにめった刺しにされたお母さんの遺体のそばに座っていたわ。すぐ隣にはお父さんと思われる男性の遺体もいてね。

本当に酷かったわよ。血まみれになった女の子が石像のようになって遺体を守っていたから。私があの子を養女にすると、自ら申し出て連れてきたけれど、何を聞いても声を出して返事したことがないのよ。ただ首を縦に振ったり、横に振ったりするだけ。それだけでなく、痛くても悲鳴すらあげないから」

「もしかして、生まれつき口がきけなかったのでは・・・」

「それは違う。治癒師に連れて行ったら、声は問題なく、自らしゃべらなくなったのだと言うの。心の傷が深すぎてそうなったわけだから、まず心の傷を治すしか方法はないらしい」

トリアンはオルネラが自分とよく似ていると思った。幼い頃に母親を亡くした事、その母親は自分を守るために犠牲になったという事。

「私は運がよかったのかもしれません」

ジェニスは不思議そうな顔でトリアンを見つめた。

「私もオルネラのようにモンスターに母親が殺されたけれど、あまりにも幼い時のことで、よく覚えてないから。私ももう少し大人になっていれば、オルネラみたいに苦しみながら生きていかなければならなかったでしょう」

「そうね・・・おそらく貴方よりオルネラの事を理解できる人はいないでしょう。だからなんだけど・・・」

ジェニスは言葉に詰まった。トリアンをジェニスの手を握りながら言った。

「私にオルネラの心の傷を治して欲しいと頼むつもりだったのでしょう」


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