第六章 嵐の前夜

第11話 1/2/3/4/5/6

「お前は死んだはず…ど…どうして…ナルシ…」

キッシュは心臓の痛みをこらえ、息が詰まりそうになりながら口を開いた。彼女の名前を口にする事自体が耐えられないほどの苦しみだった。彼女はそっと微笑みながらささやくように言った。

「そうです。私は死にました。でも…」

彼女は両手を胸の前にそろえたまま立ち上がった。被っていたベールは風に吹かれヒラヒラとなびいた。彼女は胸にそろえた両手をゆっくりと下へおろしながらしゃべった。

「帰ってきました…地獄から」

突然の強い風に、ベールが誰かから引っ張られたように激しい勢いで空へ飛び上がり消えた。そしてはっきり見えた。彼女が手で隠していた胸に開いている大きな穴が。キッシュは彼女からやっと目をそらし、よろめきながら立ちあがった。

「ちが…お前は、ナルシじゃない」
「ナルシです。キッシュ、本当に私のこと忘れましたか?」

キッシュは歯を食いしばり、眼を閉じた。すると彼女の姿が一層鮮やかに、まるで目の前にいるように浮かんできた。ハープを弾いていた姿、月光を浴びながらぐっすり眠っていた姿、キッシュの傷を治療しながら涙を落とした姿…

「キッシュ、もう愛していないんですか?」

彼女の声が耳についた。キッシュは何も言えず目を閉じ、たたずんでいた。今も生々しく聞こえてくる彼女の声と、次々と頭の中に蘇ってくる彼女の姿は、まるで大きな波のようにせまってきた。しっかりしないとそのまま巻き込まれ流されてしまいそうだった。

‘ナルシ…俺の運命の人…’


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