第六章 嵐の前夜

第3話 1/2/3/4/5

「いったい…」

「レゲンからヴェーナに逃げる途中、私は貴方を見つけたわね。
その時、私はマレアの神殿で修行中していた見習い司祭で、レゲンが襲われたという話を聞いて避難していたところだったの。
道で倒れていた貴方のお母さんの懐から赤ちゃんの泣き声を聞いて貴方を見つけたわ。
周りを見てみても生きていたのは貴方一人だった。
私は急いで貴方を連れ、他の司祭たちと共にヴェーナに向かい、無事に貴方のお父さんと貴方を会わせたの。
でもね…
何回も思い出してみたけれど、貴方を見つけたそこには男の子の死体はなかったわ」

「でも兄は死んだと…
ロレンゾお兄さんは死んだと…」

「乱暴なモンスターたちが暴れていたし、もしモンスターから逃げ切れたとしても幼い子供一人では生きていられたはずがないと判断したから私と貴方のお父さんは、ロレンゾとお母さんは死んで貴方一人だけ生き残ったと思っていたの。
でも…
奇跡というのがあるでしょう?
もしかするとロレンゾは大陸のどこかに生き残っていて別れた家族をさがしているかもしれないわよ」

トリアンは何も言わずに手に取ったビスケットだけをまじまじ見つめた。
口を割るとすぐ涙が出てしまいそうな気分だった。
やっと胸の奥からこみ上げてくる熱さを押さえたトリアンの声は少し割れていた。

「ロレンゾお兄さんに出会ったら…
私たち、お互いが分かるのでしょうか?
そのまますれ違ってしまったらどうしよう…」

「貴方たちには同じ血が流れているじゃないの。
きっと分かるはずだわ。
ロレンゾも貴方と同じく紫色の瞳と綺麗な銀髪を持っているでしょう。
奇跡を信じなさい、トリアン」

ジェニスは手を伸ばしてトリアンの手をそっと握った。
トリアンの目から涙が流れ落ちる。
その時、誰かがトリアンの傍を走って、向こう側でかたりと音を出した。
トリアンとジェニスは音が聞こえるところを見上げる。
そこには影のように黒い髪の幼い少女が椅子に座り、テーブルの上の物をがつがつと食べていた。
トネリコから咲く花という名前のオルネラ。
それがオルネラとトリアンの始めての出会いだった。


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