「呪いですか?」
ロレンゾの顔色が変わった。
「呪いをかけられた患者がいるって事ですか?
まさか、進行中のものではないですよね」
グスタフは首を横に振りながらロレンゾの肩を軽く叩いた。
「案ずるな。
俺は呪いを解く事は出来ないが、呪いに関しては詳しいんだ。
進行中の呪いではなかった。魔法がかけられていたらしいが、
それが解けた瞬間、呪いが痕跡として残ったらしい。
詳しい事情は後で説明してあげるから、今日はもう休んだほうがいい」
「はい… それでは明日の朝にお伺いします。おやすみなさい」
眉毛のように細くなった月はもう夜空の真ん中にとまって、地上の万物を照らしていた。
エドネの目とも呼ばれている月は、なんだか微笑んでいるわけではなく、
目を閉じて世の中から顔を背けているかのように見えた。
グスタフは少し三日月を見つめてから下のリビングの火を全て消して、
蝋燭1本だけを手にして自分の寝室に戻った。
大きい袋のような寝巻きに着替えて横になりながら、
ベッドの横の小さいテーブルの上の絵に目をとめた。
絵の中には自分と一緒に肩組みをして大きく笑っているベロベロがいた。
半年前、ベロベロはイグニスを訪問するため、旅立った。
グスタフは枕に頭を埋めて、額縁の中の絵を撫でた。
古き友人であるベロベロが最後の注文を仕上げるために
イグニスへ行くと言った時、グスタフは反対した。
眉毛ミミズク長老にあたる人が、ハーフリングの町を簡単に離れてはいけない、と
彼を説得したが、本当のところは彼の旅路になんとなく不安を感じていたからだった。
しかし、ベロベロは独特の大きな笑顔を浮かべながら言った。
「グスタフ、長老というのはな、一族の中でもっともやる事のない人がやればいいもんだ。
俺が死んだとしても一族に何か問題が起こったりはしない。
俺が死んだら一族の中で、また新しい長老を選べばいいだけの話だ。
心配は要らん。
気難しい年寄りたちと一日中、顔合わせているのも飽きてきたところだ。
この際、休憩がてら旅行にでも行っていると思ってくれ。そして・・・
今回の旅は必ずワシが直接行かなければならんのだ。
ワシはもうアクセサリーの宝石細工は辞めるつもりだ。
ワシが作ったアクセサリーを好んでくれる人は多いが、
いい品が出来れば出来るほど心の中では嫌な気分になった。
そうしているうちに、この前あるダークエルフの貴族の刀の柄を作る話が飛び込んできてな。
やっと気付けたんだよ。
ワシにはやっぱり武器に飾りを付ける宝石細工が向いていると。
だから、この注文を最後に、作ったアクセサリーを渡しながら、彼らに伝えてくるつもりだ」
ベロベロの決心が固いという事を分かったグスタフは
それ以上、旅をやめろとは言えなかった。
しかし、グスタフの不安は的中してしまった。
旅立って2ヶ月が経った頃、ベロベロが死んだという手紙が届いたのだ。
手紙を送ったのはランベックにいる大長老イゴールだった。
元・月見キノコ長老で、大長老ラティの死で大長老の座に昇った彼は、
グスタフとベロベロが親友である事を知っていたため、
誰よりも早くグスタフにその話を伝えてくれたのだった。
手紙には、ダークエルフの警備兵たちが森の中からハーフリングの物に見える
破れた衣服とカバンを持ってきたが、それがベロベロの物であったと書いてあった。
グスタフは手紙を読むや否や、ランベックへ向かった。
ランベックに着いたグスタフは大長老イゴールにダークエルフ警備兵が
持ってきたという衣服とカバンを見せてもらった。
グスタフは自分の目を疑った。
それはベロベロの物に間違いなかったのだ。
ビリビリに裂かれた衣服は血に染まっていて、カバンもひどく破れていた。
誰が見ても、その服を着ていた人は死んだとしか思えないほどひどい状態だった。
グスタフは黙ってランベックを離れて家に戻ってきた。
その後、何日も昼夜なしにベロベロの死に対して考えた。
自分の友人が死んだという事実を受け入れることが出来なかった。
眉毛ミミズク一族は、ミミズクを使って
いつ、どこでも素早い連絡を取ることができる一族であるため、
ベロベロから連絡がないという事実は、彼に何かあったとしか思えなかった。
グスタフも知っていた。しかし、頭では理解していても
心はまだ断念できず、ベロベロの死を否定し続けていた。
グスタフは深くため息をついてから額縁をベッドの隣に戻して目を閉じた。
夜はどんどん深まり、細い三日月は西に向かっていた。
深まった夜はまるで時間の流れが止まったかのようにもみえたが、
新しい朝を迎えるための絶え間ない動きが人知れずあった。
また昇ってくる太陽を迎えるために、
閉ざされた蕾の中からは花がきれいに花びらを整えて、
ミミズクは眠る前に空いたお腹を満たすために、得物を捜して森の中を飛び回った。
宝石のように光っていた星たちも眠そうにその光を弱めて、
緑の幼い葉っぱに朝露がおり始めたころ、太陽は東から大きく伸びをした。
グスタフは夜中、あらゆる考えが浮かんできて一睡もできず、
結局、日差しが窓から差し込まれてくる頃には
寝るのを諦めてベッドからあがってリビングに向かった。