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第六章 嵐の前夜 第9話-2 09.05.20
 

朝食を準備するためにキッチンに入ったグスタフの目が大きくなった。

食卓の上には搾りたての牛乳と暖かいスープ、

そしてふんわりとしたスクランブルエッグが彼を待っていた。

その隣にエルフならではの優雅な書体で書かれているメモ1枚が置かれていた。

 

‘台所にある食材で簡単に朝食を作ってみました。

家主の許可も得ずにごめんなさい。宜しければ召し上がってください。

量は余裕があるはずなので、2階の患者さんにも分けてください。

私はガルラシオンと魔法のトレーニングをしにいってきます。

朝露の消えるころにまた戻ってきます。’

 

グスタフはロレンゾが書いておいたメッセージを読んで微笑ましい笑顔を浮かべた。

小さいプレートに、牛乳とスープ、そしてスクランブルエッグを乗せて、

2階にいる患者の所へ上がった。

 

「もう起きていたのか」

 

ベッドに腰をかけていたライは

グスタフをみて、手を振り軽く挨拶をした。

 

「朝食を持ってきたぞ。俺が作ったわけじゃないけどな。

昨夜のお客さんが来てね。

夕飯のお礼に朝食を作ってくれたらしい。

昨夜はお客が来た時間も遅かったからな、
そのせいで起こされたりしてないか?」

 

ライは首を横に振った。睡眠を取りながら周りの気配を探るのは

暗殺者にとっては日常生活みたいなものだった。

 

「そのお客さんが君の事を診てくれる‘青いマントの医者’だ。

君は運がいい。そのお客さんはロハン大陸あちこちを回っているから滅多に会えないんだ。

昨夜、君にかけられている呪いに関してはもう言っておいたから。

もう少しで帰って来ると思うから、そうしたら治療を始めよう。

さあ、召し上がれ。俺は戻って治療の準備をしておく」

 

グスタフが出た後、ライはじっと彼が持って来てくれた朝食を見つめた。

ここに泊まりながら、もう何度もグスタフが作ってくれた食事を食べたが、

他人が自分のために食事を用意してくれるという事にはいまだに慣れていなかった。

暗殺訓練生になって訓練を受け始めて以来、いつも自分の食事は自分で用意していた。

それはダン種族の暗殺者であれば誰であろうと当然な事だった。

周りから絶え間なく命を脅かされる暗殺者に

人の作った食べ物を口に入れるというのはありえないことだった。

自分の命を狙う誰かが毒を入れたかもしれないからだ。

しかし、そんな暗殺者にも人が作った物を食べなければならない場合があった。


‘他の種族に扮装して彼らに接近し、一緒に行動しながら重要な情報を入手する’


といった任務の時には、人の作った物を食べることを余儀なくされる。

そういう時のためにダン族は、食べ物に入っている毒を調べられる

機能が付いている小さいネックレスを持ち歩いていた。

 

ネックレスに付いている銀で作られた小さいチャームは

ダン族が特別開発した物で、毒に非常に敏感で少しでも毒に触れると色が黒に変わった。

訓練所での訓練が終わるとそのネックレスをもらい、

研修暗殺者になると常に身に付けていなければならなった。

ライも首にネックレスを付けていたが、
なぜかここではネックレスは使わなくていい気がした。

心の声が、毒なんか入ってないとささやいていた。

ライはグスタフが置いていったプレートの上の食事を食べながら

フロイオンとの取引について考えた。


‘青いマントの医者’が自分にかけられている呪いを

解いてくれると、フロイオンとは取引する必要がなくなる。

しかし、フロイオンの言ったとおり、

ダークエルフの魔法が必要であればどうすればいいのか?

暗殺者の禁忌を破ってでも声を取り戻すべきか?

暗殺者にとって依頼人を明かすのは決してやってはいけないことであった。

訓練所に入ると、‘依頼人を明かすより死を選ぶ’という

ダン族の暗殺者が持つべき心得を叩き込まれたものだ。

 

‘しかし・・・私は暗殺者である前にダン族ではあったのか?

パルタルカで彼らは私の事を本当に同じダン族として受け入れてくれたのか?’

 

自らの問いに返ってきた答えは全て‘違う’だった。

本来、ダン族はヒューマン族のように強い結束で結ばれているわけではなかったが、

自分を見るダン族の目はいつも異邦人に向けられるものだった。

研修暗殺者になってからも、ジン・ドシジョを師匠とするドシジョ門派に入ったが、

同じ門派の人たちの目も自分の事を異邦人としか見てくれなかった。

その目がライの事を同じダン族として認めていない証拠なのは、

ライ自信が一番よく分かっていた。


彼らは、言葉ではライが同じダン族の暗殺者だと言っているが、

無意識の目つきや口調には ‘君は私達とは違う’ という思いがこもっていた。

自分をそんな目で見ていなかったのはディタとディタの父、

そして師匠であるジン・ドシジョだけだった。

ディタとディタの父は、自分の事を家族同然に接してくれた。

師匠のジン・ドシジョは、自分の事を弟子として認めてくれた。

彼らはライがダン族であろうが、なかろうが、そんなことは関係ないという感じだった。

ライがダン族である前に、自分達の家族であり、弟子だと思ってくれていた。

ディタを思い出すとスプーンを持っていたライの手が少し震えた。

自分にはもう家族がいないという事にあらためて気づかされた。

自分を生んでくれた母親は、エドウィンの父であるバルタソン男爵のせいで

魔女と告発され、火刑された。

 

‘バルタソン男爵!’

 

ライは自分の唇を噛んだ。

命を落とされる危機に何度も直面しながらも

生き残る事が出来たのは復讐という目標があったからであった。

‘自分の手でバルタソン男爵を殺す’

そのためだけに、見ず知らずのディタの父を追ってパルタルカにたどりつき、

地獄のような暗殺訓練所でアサシンの技を学んだ。

全て母親の復讐のためであった。

 

‘どうせ私はヒューマンでも、ダンでもない。家族ももういない、ひとりぼっちだ。

ダン族が持つべき心得なんかどうでもいい。

ただ、私の手で奴を殺す。それだけが私が生きている理由。

奴が息を止める瞬間をこの目で見届けるまで何も、誰にも邪魔はさせない。

そう…何としてでもこの呪いから抜け出してみせる’

 

第6章10話-1もお楽しみに!
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