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第七章 破られた時間 第1話-1 09.07.15
 

一滴、二滴と落ちてきた雨粒はいつの間にか早いリズムで窓を叩き始めた。

外気を入れるために開けていた窓は一つずつ閉じられ、
町ではしゃいでいた子供たちの笑い声もおさまってきた。

 

外出の準備をしていたタスカーは窓を叩く雨粒を見て、

軽くため息をついてクローゼットから大きいマントを取り出した。

 

服が濡れないようにマントをよく正してリビングに下りると、

暖炉の隣で寝ていた猫が走ってきてタスカーを見つめながらゴロンと泣き出した。

タスカーは猫の頭を撫でてあげながら暖炉の上に掛けられた絵を愛情のこもった目で見つめた。

絵の中にはお互いを優しく抱き合っている3人の姿か描かれていた。

タスカーと彼女の夫、そしてエミルだった。

 まるで彼らが返事でもするかのようにタスカーは手まで振りながら言った。


「行ってきます。晩ご飯の前には帰ってきますから安心してね」

 

大きく伸びをする猫を背にタスカーは家を出た。

空は日を隠そうと決めたかのように濃い色の黒雲に覆われていた。

道を歩きながらタスカーは、今回の会議が
1ヶ月ぶりに開かれるということに気付き、小さくため息を出した。

もともと年に一回だった会議が何年か前から三ヶ月に1回になり、

その後もますます頻繁になり、今回の会議は前回からまだ1ヶ月しか経っていない。

全国を回る情報収集家たちと眉毛ミミズクク松コケ、月見キノコ、銀角シカ部族の

4大長老たちが集まる会議が頻繁に開かれるというのは決していいことではない。

 

エルフたちの最初の首都であるレゲンがモンスター達に侵略されたという便りが届いた時、

ハーフリングたちは大陸全体に自分たちが全く知らない何かが起きているという事実に驚愕した。

 

そして周辺の状況に関する情報を集めようと情報収集委員会を作った。

4大長老を中心に12名の情報収集家が所属した情報収集委員会は、

年に一回ランベックの大神殿に集まって、それまでの情報を共有する会議を行った。

そうして得られた情報を記録し、それを大神殿の記録室に保管、

その記録室が飽和状態になった頃、情報収集委員会の研究所が完成し、

大陸で一番大きい文献保管室がこの研究所の地下に用意されたのだ。

 

時間の流れによって、ハーフリングたちは自分たちがかつて知らなかった
大陸内の各種族間の関係を知るようになり、

他の国々が知らなかった様々な事実に関しても誰よりも早く知るようになった。

情報収集家たちの活動のおかげでハーフリングたちは

カイノンに自分たちの独立した空間を持つハーフエルフたちを

傭兵として雇用できるようになり、外交関係で均衡を保つことが出来た。

 

もはや情報収集家たちと長老たちの会議は、
リマの将来を左右するほど重要な意味を持っていた。

そういう会議が頻繁に開かれるというのは、
様々な出来事が起こっているということだった。

そして、その出来事はほとんどが悪い知らせだった。

 

研究所が近くなると雨脚がどんどん強くなってきた。

タスカーは研究所のドアを開け、中に入ってマントを脱ぎ、水気を切った。

 

「タスカー?」


振り向くと何百枚もありそうな紙を持った若いハーフリングと大長老イゴールが立っていた。

 

「大長老。ご無沙汰です」

 

「久しぶりだな、タスカー」

 

重い紙束を持ってためらう若いハーフリングに大長老は会議室に持っていくよう言った後、

タスカーの方に歩いてきた。大長老は咳を何回かしてから静かに言った。


「エミルの話は聞いた。賢い子だったのに…孫を失ったようで心が痛む」

 

「はい…」

 

タスカーはようやく忘れかけていたエミルのことを思い出すと涙が出そうになってきた。

タスカーの背中を軽く叩きながら大長老が慰めた。

 

「シルバの女神があの幼い霊魂を見守ってくださるはずだ」

 

返事の変わりにタスカーは首を静かに縦に振った。

大長老と一緒に会議室に向かいながらタスカーは、

どれほどの時間が経てば涙なしにエミルの話ができるのだろうかと思った。

死ぬまでそんな日は来ないだろうと思った。

自分の子供を殺したという暗殺者を許し、面倒をみてあげたが、

たまにはあの暗殺者が永遠に眠りから覚めないように願っている自分がいた。

その度にタスカーは風の女神シルバに祈りながら自分を叱った。

 

螺旋階段のてっぺんに着くと広い会議室が目に入った。

二つの同心円を描くように椅子が置かれていた。

小さい円には4大長老のための4つの椅子が、

外側に大きい円を描きながら12個の椅子が置かれていた。

 

タスカーは大長老を席まで案内すると、自分の席に向かった。

椅子に座りまわりを見ると、幾つか知らない顔がいた。

情報収集家はそのほとんどが、年を取ると自ら引退することが多かった。

引退する情報収集家の人数分、新しい情報収集家が選ばれたため、

情報収集家はいつも12名だった。

旅行が多いため、情報収集家になるには健康であることが第一の条件だったが、

何より重要なのは高い識見だった。

 

自分が得た情報を正確に判断できる能力なしには、
いくら様々なことを見て聞いても無駄だった。

情報収集家になるための試験に合格しても、
研修から正式情報収集家になるまで、
10年以上の時間が必要だったため、
現役の情報収集家はほとんど若者よりは中年の大人たちだった。

しかし、今タスカーの目の前にいる新しい情報収集家たちは皆若者だった。

タスカーは自分の隣に座ったハルルに小さい声で聞いた。

 

「新しく入ってきた人たち、皆子供ばかりじゃん」

 

ハルルは虫眼鏡越しにタスカーを見つめながら言った。

 

「聞いてないの?情報収集家の数が少ないとこと。

最近、情報収集家の中で無事に帰ってきた人がほとんどいない。

ほとんどモンスターと少数部族に攻撃されて死ぬか、
引退しなきゃいけない状態になって帰ってきたの。

多分今回無事に帰ってきたのは貴方ぐらいじゃない?」

 

「なに?」

 

「情報収集家たちがずっと交代しているから、
今はあんなに若い子たちしか残ってないのよ。

この先、情報収集家をする人もいなくなるかもよ」


 

第7章1話-2もお楽しみに!
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