アインホルンからシュタウフェン伯爵の城までは、
山や森の人里から離れた道に沿って移動をすることとなった。
こんな道を通るのは、今は処罰を受ける事になったが、
かつて国王の忠臣であったシュタウフェン伯爵の名誉を考えると、
できる限り人に知られないようにとの、国王の命令があったからだとジフリットが説明した。
しかし、エドウィンはシュタウフェン伯爵の名誉よりも、
貴族が処罰を受けるという事実を一般の民に知らせたくなかったのではないかと思い始めた。
モンスターが増えるようになってから城の外にいた村人たちは、
生活が難しくなり、仕事を求めて城に行き、貴族の下人や小作農になった。
そういった選択すら出来なかった貧しい人たちは結局、山賊や海賊になった。
山賊や海賊たちは、貧しい民よりは比較的に裕福な貴族たちの財産を狙い、
旅行中の馬車を襲撃したり、一部では貴族たちの城を侵略することもあった。
貧富の格差が激しくなればなるほど、貴族と民の距離はどんどん離れることになって、
貴族に対する民の尊敬は段々憎しみへと変わっていった。
こんな時期に、国王の処罰を受ける事になった貴族の話が民たちの間で話題になり、
これはまた他の貴族たちには恥と思われた。
エドウィンは遠く先に進んでいるグレイアムベルゼン伯爵を見ながら
同じ伯爵の地位にいる貴族を、国王の命令で処罰しなければならない彼を少し哀れに思った。
ジフリットによると、グレイアムベルゼン伯爵は自分より1つ年上だという。
しかし、エドウィンにはグレイアムがジフリットのように大人にみえた。
「それは多分、グレイアムがたった10歳の時に父上の爵位を受け継いだからだろう。
彼の父上であるベルゼン伯爵は病気で若いうち亡くなったから。
前代のベルゼン伯爵は兄弟が居なかったから、当時10歳だったグレイアムが
父の爵位を受け継ぐ事になったのさ。
一族の最高の座に上がった瞬間、グレイアムの幼年は終わったわけだ。
つまらない人だが、貴族たちの中で彼を婿にしようとする貴婦人たちが
どれほど多いか、君にはまだ分からないだろう」
日が暮れてから始まった旅行は、休まずに一日を歩いたにも関わらず、終わる気配がなかった。
日はいつの間に山間へと滑るように落ちていって、空には星たちが一つ二つ姿を現し始めた。
半分になった月もかすかな光を放ちながら東の空から昇っていた。
エドウィンとジフリットの周りに立っていた侍従たちがランプに火をつけて、
列をそろえて行進していた兵士たちは、両側のたいまつの光を頼って行進を続けた。
東の空から昇っていた月が夜空の天辺にかけられる頃、
列の前から長くて太い角のラッパの音が聞こえてきた。
「着いたみたいだね」
ジフリットが伸びをしながらつぶやいた。
休まずに一日以上も歩くのは、聖騎士である自分にはそんなに難しい事ではなかったが、
大神殿の中で規則的な生活だけを繰り返していた司祭である兄には、きっと辛い旅路だろうと思った。
戦闘がある場所には、いつも最低一人以上の司祭が同行しなければならない。
司祭は戦闘が始まる前に、兵士たちに励ましの意味で祈りをささげてくれて、
戦闘が終わってからは、死んだ兵士たちの葬式の代わりに追慕の祈りをささげてくれる。
他にも司祭は国王の代理者の役割も勤めていた。
一般的に戦場に送られる司祭は大司祭の命令に応じて参加していたけれど、
エドウィンがみるには、ジフリットは自分で志願して参加したように思えた。
「兄上、つらくはない?」
「この程度ならまぁ、大神殿で一日中祈りつづけているよりはましさ」
明らかに疲れているのに、ジフリットは快活な声で笑いながら言った。
もう一度、長くて太い角のラッパの音が聞こえてくると、
兵士たちは陣営を作るために忙しく動き始めた。
ジフリットとエドウィンは隊列から抜け、
馬を走らせてグレイアムベルゼン伯爵とバルタソン男爵の所へ向かった。
「父上、大丈夫ですか?」
ジフリットの声を聞いたバルタソン男爵が振り向いて返事をした。
エドウィンとジフリットにグレイアムベルゼン伯爵は挨拶をして、
もうすぐ食事の準備ができることを知らせてくれた。
「伯爵、本当にシュタウフェン伯爵の城を攻撃するつもりですか?」
ジフリットは少し心配そうに聞いた。
「私は国王陛下の命令に従うだけです。
しかし、まず今夜シュタウフェン伯爵に会って最後の説得をしてみるつもりです」
「シュタウフェン伯爵がはたして我々に会ってくれるのでしょうか?」
「私一人で行くつもりです」
「はい?」
グレイアムベルゼン伯爵の言葉にみんな驚いて開いた口が塞がらなかった。
「同じ伯爵同士とはいえ、今はお互いに剣を向けているのに一人で敵陣に入るというのは、
あんまりにも無謀な考えだと思います。司祭である私でも同行した方がよくないでしょうか?」
ジフリットの提案にグレイアムベルゼン伯爵は首を横に振りながら言った。
「シュタウフェン伯爵とは面識がないです。しかし、彼が名誉を大事にし、
騎士の本分を分かっている方であるというのはよく知っています。
そういう方が武装をせずに話のために訪ねた客を攻撃するはずがありません。
ですからそんなに心配なさらなくても大丈夫です」
エドウィンはベルゼン伯爵の自信に感心しながら彼を見つめた。
自分を見ているエドウィンに気が付いたのかグレイアムが微笑みながらエドウィンに聞いた。
「何かおっしゃりたい事でも?」
「い、いいえ」
「そういえば、シュタウフェン伯爵も若い頃には聖騎士をなされていたそうです。
ですから名誉を重んじ、騎士が剣を抜くべきときも分かっていらっしゃるでしょう」
ジフリットの言葉が終わり次第、隣で待っていた侍従が伯爵に食事の準備が出来ている事を伝えた。
「食事が準備できたそうです。先に召し上がってください。
私はシュタウフェン伯爵に今夜尋ねるという手紙を送ってから行きます」
三人に了解を求めてから、ベルゼン伯爵は自分のキャンプが立てられている所へ歩いて行った。
「さあ、食事でもしながらもっと考えてみましょう。
まだシュタウフェン伯爵がベルゼン伯爵の提案を受け入れたわけでもないですから」
ジフリットは食卓に向かいながら言った。
エドウィンは頷いてジフリットと一緒に食卓へと歩いていった。
バルタソン男爵はゆっくり息子たちの後ろを追いながら言った。
「シュタウフェン伯爵はベルゼン伯爵の提案を受け入れるはずだ」
ジフリットとエドウィンはバルタソン男爵が食卓に来るまで待ってから一緒に席に着いた。
いろんな種類のパンがぎっしり詰まったカゴと新鮮な香りがする果物が盛られているお皿、
そしておいしそうな食べ物が食卓いっぱいに広がっていた。
ジフリットは侍従がグラスに注いでくれたワインを一口飲んでから、バルタソン男爵に向かって聞いた。
「なぜシュタウフェン伯爵がベルゼン伯爵の提案をお受けになるとお思いですか?」
「私も個人的にシュタウフェン伯爵に会った事はないが、
王城の公式的な行事で会った事がある。
普段の彼の言動から考えてみると、騎士の名誉を落とすような行動はしない方だ。
ベルゼン伯爵の言ったどおり、非武装でしかも一人で訪ねてきた客を攻撃する、
そんな卑怯な行為とは無縁の方だ」
「しかし、ベルゼン伯爵の提案を受け入れるとは思いません」
エドウィンの言葉にバルタソン男爵とジフリットはエドウィンを見つめた。
エドウィンはパンにバターを塗る動作を止めて自分の考えを言った。
「父上とベルゼン伯爵の言う通り、シュタウフェン伯爵が騎士の名誉を大事にする方であれば、
貴族としての誇りも高い方であるはずです。
そして、兄上の言う通り国王陛下への忠誠心を硬く持っている方であれば、
自分の手で怪物になった息子を処刑したはずです。
しかし、息子を生け捕りしアインホルンに送れという
国王陛下の命令に逆らってまで息子を守ろうとしたことからすれば、
きっとベルゼン伯爵の勧誘も断るはずです」
エドウィンの説明にジフリットは頷きながら言った。
「我が子に対する父の愛ほど強いものはない…って事だろう。
難しい戦いになりそうだ。守るべきものがある人は簡単に倒れないから」