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第七章 破られた時間 第3話 09.08.12
 


 

月の光を受けた浜辺の砂は星のように光っていて、
夜空に似た海は静かに波を押し出していた。

エドネの目とも言われる月は特に白く輝いていた。

砂浜で横になって足先で割れる波を満喫している女性の顔は、
その月の光を浴びてなお神秘的に見えた。

 

目を閉じたまま、口元に穏やかな微笑みを浮かべている女性は

髪を風になびかせながら、深い海の底の妖艶な海草を思い出した。

 

ナルシ…

 

自分の名前を呼ぶ声に気付いたのか、女の人は目を開いた。

赤く深い瞳はルビーのようだった。

美しい2つの宝石はしばらく夜空を見つめてから、

ゆっくりと自分の名前を呼んでくれた人の姿を捜した。

 

ナルシ…

 

もう一度、名前を呼ぶとその二つの瞳が自分に向かってにこっと笑った。

彼女はゆっくり立ち上がった。

砂の上に両足で立って、自分の所に来るよう手招きをしていた。

 

紅潮させた彼女の両頬を包み込んで口付けをした。

まだ咲いていない、つぼみの中の花びらのような柔らかさだった。

恥ずかしげに笑う彼女がゆっくり海の中へと入った。

 

腰までくる水の中で、彼女が水を汲んで顔をぬらした。

月光の中に立っている彼女の姿は、海の女神のように美しかった。

水面に浮かんでいる白い月が彼女を包みながら波の曲線を描いていた。

 

急に、水面で光っていた白い月がゆがみ始めた。

黒い渦巻きが巻き起こり、白い月を破って濃い紫色の煙を吹き出した。

黒雲のように集まってきた煙は更に巨大になって、

その邪悪なシルエットに彼女は怯えてしまった。

夜の空気を切り裂く悲鳴と一緒に、彼女の身が水の中へと消えた。

彼女を救うために水の中に飛び込むと、気を失った彼女が見えた。

急いで彼女を抱いて水の外へ出るが、目を開かなかった。

 

ナルシ…

 

切なく彼女の名前を叫んでは、また叫び続けた。

自分の名前を呼んでいる声が聞こえたのか、ゆっくりと彼女は目を開いた。

しかし、生きていると安心する前に、彼女の赤い瞳に
邪悪な気が宿っている事に気がついた。

すさまじい怪力で彼女は自分を抱いている人を押し退けた。

体を起こして彼女を見ると、苦痛にゆがんだ顔で叫んでいた。

 

『悪魔が私の中に入ってきている!』

 

恐怖に満ちた叫び声を出しながら彼女の体が震えた。

助けを求める声が二つに分かれて叫びをあげた。

 

『助けて!』

『この子の肉体は私のものだ!』

 

邪悪な気に侵食されていく彼女を助けたいけれど、

どうすればいいかが分からなくて涙が止まらなかった。

いや。実は知っていた。選択肢は1つだけで、

彼女を助けるのは不可能である事を。

 

彼女の肌がどんどん黒くなり、邪悪な気は勢いを
増していたが、彼女はずっと助けてと叫んでいた。

悪魔になっていく彼女を見ながら心臓が張り裂けるような苦痛を感じた。

 

仕方なかった。

いっそのこと、悪魔になる前にそれを止めてやるのが、

彼女のためにしてやれる唯一のことだった。

 

剣を出し、目をつぶって呪文を唱えた。

そして、彼女に向かって走っていった。

刃が深く刺さるのを手先で感じる事が出来た。

 

「キッシュ様!キッシュ様!目を覚ましてください!」

 

誰か力強くキッシュを揺すっていた。

重いまぶたをやっと開くと、朝日が目に差し込んできた。

眩しくて横を向いたまま体を起こした。

試験監督官がキッシュを見つめながら笑っていた。

 

「朝には弱いようですね」

 

夢だったのか。キッシュは周りを見回して、

自分が夢を見ていた事に気付いて苦笑いをした。

 

「試験が終わりました」

 

訳が分からないという顔で試験監督官を見ながらキッシュが聞いた。

 

「試験が終わったとは?どういう事ですか?」

 

「ドビアン様が指輪を投げて救護要請をなさったので、キッシュ様の勝利となりました」

 

キッシュはまだ自分の腕にかけられている腕輪を見つめた。

 

「今回の試験は恐怖が克服できるかを試したものでした。

お二人方が島に入ってから、私達は島の中に
‘地獄の花’と呼ばれている赤いクメラを放ちました。

赤いクメラから出る煙は無意識の中の恐怖を幻として
見せてくれるそうです。
キッシュ様は何を見ましたか?」

 

監督官は気になるというような顔をしてキッシュを見つめた。

キッシュは黙って立ち上がり、歩き始めた。

監督官は首を傾けながらキッシュの後を追って歩いた。

入ってきた入口には警備兵たちが列に合わせて立っていて、

海を渡る橋を挟んだ向こうには見物にきた人たちが見えた。

彼らはキッシュが歩いてくるのを見て、歓声をあげた。

橋を渡る直前、キッシュは振り向いて監督官に言った。

 

「赤いクメラが私に見せてくれたのは、昔の恋人でした」

 

第7章4話もお楽しみに!
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