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第七章 破られた時間 第13話 09.10.21

 



ライがフロイオンに暗殺依頼をしてきたのはジャドール・ラフドモンだったと明かしてから、

フロイオンは自分が泊まっている宿の部屋から出られなくなった。

いくつもの夜が明けたが、フロイオンは部屋から動こうとはしなかった。

ライはフロイオンが衝撃を受けた理由は分からなかったけれど、

ジャドール・ラフドモンが依頼人だったという事実が
予想より重要だったということだけは分かった。


フロイオンが部屋に閉じこもって姿を見せないうちに、

ライはロレンゾとグスタフから更に治療を受けた。

呪いは解けたが、後遺症が残らないように

魔法治療と薬草治療を受けなければならないというのがロレンゾの説明だった。

朝起きてロレンゾから魔法治療を受けて、

グスタフがくれる薬草ジュースを飲むと、

ライは森の中に入って静かな場所で瞑想をした。

 

パルタルカにある訓練所で全ての訓練が終わって研修暗殺者になると、

初めて実戦の機会を与えられた。

暗殺の訓練を受けるのと、実際に一人の人間を殺すのはまったく違うものだった。

研修暗殺者たちは長い間、訓練所で人を殺すことに対して

罪の意識を感じないように教育を受けてきたが、

初めての実戦を経験したほとんどの研修暗殺者たちは精神的な衝撃に苦しんだ。

そのため、各門派では研修暗殺者たちに瞑想をやるように指導した。

ライも研修暗殺者になり、トシジョ門派に入って師匠のジン・トシジョから

一番始めに教えてもらったのが瞑想だった。

瞑想でいらない邪念を消して、心を冬の湖のように冷たくて静かにするのが毎朝、

門派でやることだった。ライは朝、治療が終わると日が暮れるまで深い森の中で瞑想を続けた。

5日目の朝の治療が終わって、人通りの少ない所を探して、

広い岩の上に座って深い瞑想についていたライは

自分を見つめている視線を感じてゆっくり目を開いた。

瞑想にふけている自分を見つめていた人をロレンゾが連れてきた、

ガルラシオンという少年だった。

ライとガルラシオンは何も言わずにお互いを見つめた。

探索でも、警戒でもない、まるで風景を見つめているような眼差しで

自分のことを見ているガルラシオンに、ライは不思議と安らぎを感じた。

 

「おはよう」

 

先に口を開いたのはライだった。

ライの挨拶にガルラシオンも静かな声で挨拶をした。

 

「おはようございます」

 

しばらく沈黙があってから、ライがガルラシオンに隣に座るかを聞いた。

ガルラシオンはうなずいてゆっくり歩いて、

ライが座っている広い岩の上に登ってきた。

ライのすぐそばに座って何も言わずに風景を眺めていたガルラシオンが告白するように言った。

 

「あなたは私の母に似ています」

 

ライは予想しなかったガルラシオンの言葉にしばらく驚いたが、

何も言わずにガルラシオンの声に耳を傾けた。

 

「私、ロレンゾファベル様の実の息子ではありません。

元々、エルス港の東側にある小さな海辺の村でお父さんとお母さん、

そしてお兄さんと一緒に住んでいました。

しかし私が7歳の時、村に伝染病が流行って、みんな死んでいきました。

誰かがエルス港やヴェーナに助けを求めに行く暇もなく、

みんな伝染病にかかって倒れていたのです。

その時、ロレンゾ・ファベル様が村を通りかかられて、

熱心に村人を治療しました。しかし、ほとんどの村人が死にました。

生き残った人々は指折りで数えられるぐらいでした。

お母さんやお父さん、お兄さんも結局生き残れませんでした。」

 

ガルラシオンは首を上げてライを見つめながら言った。

 

「お母さんは毎朝、香ばしい匂いがするパンを焼いてくれました。

パンの匂いをかぎながら気持ちよく眠りから覚めると、

お母さんはいつも私の額に軽く口付けして、

女神マレアの祝福が満ちている一日になるように、

と言ってくれました。お兄さんがお父さんと一緒に釣りをしに行くと、

私はお母さんの後ろで歌を歌いました。

たまにお母さんが新しい歌を教えてくれたりもしました」

 

ライはガルラシオンの話を聞きながら子供の頃、

いつも自分をかばってくれたお母さんのことを思い出した。

子供の頃、自分の思い出の中でお母さんはいつもそばにいた。

お母さんがいない日々は想像したこともなかったが、

いきなり運命は自分の中でお母さんを消してしまった。

魔女の娘という理由でいつも人々から離れ森の中に隠れていたため、

お母さんの最後も見届けることができなかった。

お母さんに最後の挨拶が出来なかったことが、

ライにとっては一番大きな悲しみだったので、

さらにバルタソン男爵を許せなかった。

 

「私は家族と友達が伝染病で死んでいくのを見ながら、

傷ついた者を治癒する白魔法師になると決心しました。

それで、ロレンゾ様に学生にしてもらってほしいと頼んだら、

ロレンゾ様は学生よりは息子の方がいいと自分を養子に迎え入れてくださいました。

実の息子のように私の面倒を見て、

可愛がってくださったおかげで死んだ家族を忘れて過ごすことが出来たのに、

あなたがゆっくりと目を瞑っている姿を見るとお母さんを思い出すのです」

 

「私も…」

 

ライが遠くに見える山の裾に視線を投げて口を開けた。

 

「私も小さい頃に母を亡くしたよ。ある悪い人が母を私から奪っていったのに、

私はあまりにも幼くて母を守ることができなかったの。

すごく悲しくて、腹が立って、母と一緒に住んでいた村を離れた。

遠い北の地から新しい生活を始める事になって、

母を殺したあの悪い人に復讐するために強くなろうと必死だった。

死にそうになるたびに、母の悲しい顔を思い出しながら生き残ることだけを考えたよ。

もう、時間が経って母の声や顔もよく思い出せないけど、

母が死んだ時と気持ちは少しも変わってない」

 

ガルラシオンとライの視線がぶつかった。

少しおびえた顔でガルラシオンが聞いた。

 

「まだその悪い人に復讐したいですか?」

 

ライは静かにうなずいた。子供と何を話しているのか、

という気がして会話を止めようとしたけれど、

なんだかこの子は自分の気持ちを分かってくれる気がした。

 

「私が家族の命を奪っていった病魔を嫌うように、

あなたがその悪い人を憎むのも理解できます。だけど…」

 

少し戸惑ったガルラシオンは悲しい口調で言いつづけた。

 

「あなたがその悪い人に復讐すると、

あなたのお母さんが悲しみそうです…」

 

言い終えたガルラシオンの声には涙が混ざっていた。

ライは慌ててガルラシオンを見つめた。

涙ぐんでいるライの目から涙がぽろりと落ちた。

ライは自分も知らないうちにガルラシオンの涙を拭いていた。

 

「そんなことは考えたことないから分からないけれど…

もう一度よく考えてみるよ」

 

気を落ち着けて、ガルラシオンの顔から手を放したライが立ち上がって

自分の復讐に対する会話を終わらせようと話題を変えた。

 

「それより私はこれからどこで過ごせばいいのか少し考えてみるわ。

私、帰る場所がなくなったから」

 

「そうしたら私の護衛役になってはいただけませんか?」

 

もう一つの声に振り向いてみると、フロイオンが木にもたれて空を見上げていた。

ライは自分の聞き間違えと思って黙っていた。

フロイオンが空からライの顔へと視線を移しながら言った。

 

「なんで返事がないんですか?

帰る場所がないなら私の護衛役になるのも悪くはないでしょう。

あなたもご存知の通り、私はイグニスの貴族です。

報酬はあなたが暗殺依頼でもらった金額よりずっと多く払えますよ。どうですか?」

 

第7章14話もお楽しみに!
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