シュタウフェン伯爵の死刑は夕方に行われることになった。
息子の命のために全てを犠牲にする父親の死を、空も悲しむように黒灰色の雲で満ちていた。
グレイアム・ベルゼン伯爵とバルタソン伯爵がここに着いてからシュタウフェン伯爵の城を占領し、
伯爵が処刑されるまで5日がかかった。
首都に行った伝令は、グレイアムにシュタウフェン伯爵の処刑内容を書いた国王の親書を持って戻ってきた。
グレイアムがシュタウフェン伯爵に伝えたら、彼は予想通りといわんばかりに静かに笑うだけだった。
地下監獄でグレイアムが読む親書の内容を最後まで無言で聞いていたシュタウフェン伯爵が口を開いた。
「ベルゼン伯爵、一つお願いがある」
「はい…どうぞ…」
「俺と一緒に城に残っていた兵士には罪に問わないでください。
すべての責任は俺にあります。彼らには罪がありません。俺一人で十分ではありませんか?」
「しかし、城を守備していた兵士たちは自ら残っていたのではないのですか?」
シュタウフェン伯爵は静かに、それでいてはっきりした強い口調で話した。
「いいえ。俺が最後まで城を守備するように命令したので、彼らは従っただけです」
グレイアムは何も言わずにシュタウフェン伯爵を見ていた。
「伯爵の意思…よく分かりました。今回の責任は全てシュタウフェン伯爵にあることにしておきます」
シュタウフェン伯爵からのお礼の言葉を後にしてグレイアムは階段を上った。
兵士達がシュタウフェン伯爵の命令に従い城を守ったのは嘘だと知っている。
国王の親書に城を守った兵士も全員処罰するように書いてあったらグレイアムとしても選択肢がないが、
シュタウフェン伯爵の命令であれば兵士たちの罪は問わないと親書には書いてあった。
初めてグレイアムにシュタウフェン伯爵を逮捕するように命令があった時、
グレイアムの妹ビオレタは、グレイアムを非難した。
「お兄さんもひどいですね。自分の息子を守る為に全てをかけている人を逮捕するなんて…」
「しょうがない。国王陛下の命令なんだよ」
「国王陛下の命令が間違っていることを、お兄さんも知っているでしょう。
陛下に申し上げてください。息子を守ろうとする父親を処罰することには従えないと。
お兄さんはパペットではないじゃないですか!」
「なんて無礼なことを!
陛下の命令の是非を問えるのはロハ神だけである。
我々は陛下の正義に従うだけだ」
ビオレタは顔を怒りで赤くしながら部屋から出た。
そして、グレイアムが出発するまで一言も声をかけなかった。
‘国王陛下に忠誠を誓うべし’
亡くなられた父親の声を今もはっきりと覚えている。
病気だった父親がグレイアムの目を見つめながら最後に話した事は、
‘何があっても国王陛下の命令に従え’だった。
ベルゼン家は代々 ‘忠臣’の家門だったので、
どんな貴族であっても、ベルゼン家を軽く見たり脅かしたりすることはできない。
王室でもベルゼン家の人だと言えば、絶対といえるほどの信頼をしてくれるのである。
現国王のビセン・レフ・デル=ラゴスが今回のことを命令した時の話でも、
国王がベルゼン家を信頼しているかが分かるだろう。
「この仕事を任せられる人は君しかいない。
私もシュタウフェン伯爵の今までの忠誠を考えるとそのまま知らない振りをしたい…
しかし、私が国王である以上、感情で国家の秩序を乱すような真似はできない。
命令を出す私にも確信がないのに、誰がこの命令に従うだろう…
君だけにはこの私の苦しみを分かって欲しい」
グレイアムは窓の外に設置されている死刑場を見ていた。
乾いた丸太がきちんと積まれていて、真ん中には木の十字架がそびえていた。
シュタウフェン伯爵は火刑されることになっていたのだ。
空が黒い雲で満ちていて太陽がどこにあるか分からないが、だんだん暗くなっているのは分かる。
たぶんそろそろ日が暮れるだろう。
「大丈夫ですか?」
振り向いてみたら、バルタソン伯爵が心配そうな顔で見ていた。
「はい、大丈夫です。火刑の準備は順調のようですね」
「雨さえ降らなければ、彼の苦痛も最大限減らすことが出来るでしょう」
また外に視線を移しながらグレイアムが言った。
「シュタウフェン伯爵は兵士達が自分の命令に従って城を守備したといいました。
それで、伯爵の兵士達は罪を問わず、アインホルン警備隊に所属させるようにしました」
「そうですか…」
バルタソン伯爵が頷いた。その時一人の兵士が部屋に入ってきて準備が終わったことを報告した。
グレイアムとバルタソン伯爵は火刑が行われる城の前に向かった。
いつの間にか暗くなっていた。
真っ暗になっている空の下、火刑場の周りに立っている兵士はみんな手に松明を持っていた。
司祭服に着替えたジフリットは祈りを捧げている。
二人の兵士が囚人服に着替えたシュタウフェン伯爵の両手をつかんで歩いてきた。
自分を燃やす火刑場の丸太を見るシュタウフェン伯爵の顔には安らぎが浮かんでいた。
彼が平穏な顔をしているのは自分が死ぬことで息子が生き残ることが出来ると思っているからだろう。
最初、グレイアム・ベルゼン伯爵から話を聞いた時にはバルタソン伯爵も迷っていた。
国王陛下の命令だと分かっていても自分も二人の息子の父親として、
シュタウフェン伯爵の心が十分分かったからだ。
「バルタソン伯爵が迷う事も十分分かります。
しかし今、デル・ラゴスで最も重要なのは国王陛下を中心に一つになることです。
外からの国家の運命を脅す存在がだんだん増えている中で、
こんな事件が発生して、民心が乱れています。
公的な任務に感情を挟んではいけません。デル・ラゴスの繁栄のために働くべきだと思います」
まだ若いのにグレイアム伯爵ははっきりした信念を表した。
結局、バルタソン伯爵もグレイアムの情熱に負けて今回の任務に同意した。
ジフリットは自分の決定に何も言わずに従ってくれた。
バルタソン伯爵はシュタウフェン伯爵に申し訳ない気持ちでそれ以上見ることができず目をそらした。
バルタソン伯爵の視界にエドウィンが入った。
彼はバルタソン伯爵から少し離れた場所で心配そうな表情で中央の十字架を見つめていた。
マントで体に巻いている包帯を隠しているエドウィンの目には後悔が浮かんでいた。
最初、ジフリットから話を聞いた時、バルタソン伯爵は反対した。
エドウィンはまだ耐えられないと思っていた。正義に疑いを持ってしまうこともあると思ったのだ。
グラット要塞についてエドウィンが書いた報告書は極秘であるが、ジフリットから話を聞いていたのだ。
息子を信じていないわけではなかったが、エドウィンが目撃した内容はあまりにも衝撃的だったからだ。
何より心配なのは、グラット要塞の事件の真偽ではない。
息子が受けた混乱が心配だった。
ジフリットの話を聞いた後も、エドウィンと直接グラット要塞について話した事はなかったが、
それ以来、息子が混乱しているのは分かった。
だから今回の攻城戦が彼の混乱をより大きなものにさせるのではないかと心配したのだ。
ジフリットは、エドウィンはもう子供ではなく、強い精神の持ち主だから十分くぐりぬけると信じていた。
しかし、今のエドウィンはバルタソン伯爵が心配していたその目をしている。
バルタソン伯爵はため息をついた。
エドウィンは思い込んでいるようで、父親が複雑な表情で自分を見ていることに気がつかなかった。
‘誰だってシュタウフェン伯爵の立場になると同じことをするはずなのに…
どうして、息子の命を救おうとする父親が処刑されなければならないのか?’
エドウィンの頭の中はますます混乱していた。
家族への愛を大切にしながら、父親が処罰を受ける世界。
真実が全てといいながらも、嘘の影で真実を隠している世界。
世の中は矛盾している。二重の基準を持っているんだ。
今まで高貴なものだと教わったことは本当に高貴なものなのか?
世に対する落胆と怒りで胸が苦しくなる。
グレイアムはシュタウフェン伯爵の火刑を始めるように命令した。
シュタウフェン伯爵は兵士達に支えられながら、火刑場の最上段に上がった。
鎖で縛られていた伯爵の両手が十字架に縛られる場面を見ていたエドウィンは
見てはいられずに下を向いた。自分の行動に罪悪感を覚えたのだ。
「モンスターだ!」
警備兵の叫びに顔を上げてみると、十字架に縛られたシュタウフェン伯爵の前に
ワーウルフが一匹現れていた。鋭い牙を剥き出しにして叫んでいたのだ。
シュタウフェン伯爵を警備していた兵はワーウルフの前足に殴られて地面に転がっていた。
何人かの警備兵がワーウルフに近づこうとしたが、なかなか出来ない。
ワーウルフはシュタウフェン伯爵を守るかのように、誰かが少しでも近づいたら吠えながら攻撃してきた。
エドウィンはワーウルフがシュタウフェン伯爵の息子だと分かった。
モンスターになっても自分の父親を守ろうとする姿に目頭が熱くなった。
「どうして…帰ったのだ…」
シュタウフェン伯爵は絶望的につぶやいた。その声が聞こえたのか、ワーウルフが伯爵の方を振り向いた。
シュタウフェン伯爵にはワーウルフの目に涙が浮かんでいるのが分かった。
しかし涙が流れてくるのはシュタウフェン伯爵の目からだった。
人々はシュタウフェン伯爵の前に現れたワーウルフがモンスターになった彼の息子だと分かった。
兵士達はワーウルフを攻撃できずに迷っていた。
皆が円になって静かにワーウルフと伯爵を見つめている中、一人が前に出た。
ワーウルフに向かい、躊躇なく足を運ぶグレイアムの手には大きな剣が握られていた。