「一言で言うと狂ってしまったってこと?」
カエールから監獄に閉じこまれているエルフの話を聞いたアリエは、唖然とした顔をした。
カエールはアリエの‘狂った’という表現に頷いた。
「そう。彼らは狂った。しっかりした状態で結婚式の新婦を殺せる人はいないはず。
結婚式で新婦を殺すなんて、許されることのない罪…」
「軍長はどうなるそう?」
「さあ…バナビさんにエルフの話を伝えるために行ってみたけど、まだ分からない。
魔法の攻撃に起因したけど、内に魔法が解除できる人はいないから。
とりあえず、セルフが製造した非常薬を使ってみたけど、あまり効果がない」
アリエは髪の毛をくしけずりながら、深くため息を吐いた。
「世の中がどんどん悪くなっている気がする。
種族同士の戦いは悪化するばかりで、いつ戦争が始まってもおかしくないね。
毎日狩りをし続けてもモンスター数は減るところか、急増している。
ヒューマンのグラット要塞がモンスターに襲われて壊滅したという噂、聞いた?」
「うん。ヒューマンは相手したくもないが、グラット要塞がモンスターに落ちたという噂には驚いた。
グラットは神の攻撃でも落ちないだろうと思っていたから」
カエールは母親のことを思い出した。カエールの母はエルフだったが、
カエールが出来た後ヴェーナから離れ、森の中でカエールを一人で育ててくれた。
カエールは初めて父親について聞いたのは7歳の頃だった。
母親は、カエールの父親ゼラード・ダートンだと教えてくれた。
父親は貴族で騎士だと教えてくれる母親の表情はあまりにも悲しそうだったので、二度と聞かなかった。
また父親についての話が出たのは、10年の歳月が流れた後、カエールが17歳になった頃だった。
「カエール、父親を恨まないで。父親は私たちを捨てたのではない。
私が妊娠したといったら、ゼラードは結婚して一緒にデル・ラゴスに行こうと言い出した。
でもエルフと結婚した人々が周りからどんな視線を受けるのか知っていたから、
私はゼラードから離れた。
彼が私たちをヴィア・マレアの隅々まで探しているのを知っていたが、
彼を不幸にさせたくなかったので、戻らなかった。
カエール、父親は生まれる前からあなたを愛していた。
子供が生まれると自分のように弓の名手にするといいながら、自分の手で矢を作ってくれた。
もし父親と会いたくなったら、この矢を持っていけばすぐ分かると思う」
カエールの母は自分の死期を知っていたのかのように、その話をしてからすぐに亡くなった。
母親が死んだ後、カエールは傭兵になった。
母親の話通り、父の血が流れているからか、カエールのスキルは抜群だった。
傭兵になってから1年も経たないうちにピル傭兵団の団長になった。
たまに旅行するヒューマンの騎士と出会うと父親のことが思い出されたが、会いに行く気にはならなかった。
母親は彼を恨まないように言っていたが、カエールは父親の存在自体に憎しみを覚えていた。
理由は分からない。ただ、父親について考えると、なぜか怒りがこみ上げる。
自分を苦しませる父親の存在を忘れたかった。
母親が死んだ後、父親が作った矢も捨てようとした。
火に投げて燃やそうとしていた直前に母親の事を思い出して捨てられなかった。
今も地下倉庫のすみっこにある箱の中に保管されている。
その箱に入れた後、一度も箱を開けた事は無い。
アリエはベッドの上で物思いにふけるカエールに近づいた。
「何を考えているの?」
「何でもない。ただ、昔の事を…」
カエールはアリエの腰を腕で抱いた。アリエはカエールの胸に頭を当てながら言った。
「悲しい事だったようね…カエール。とても悲しい表情をしていた」
「母親のことを思い出した。子供の頃は母と二人きりだった。
母親が亡くなって、いきなり一人になってしまった」
カエールはアリエの額に軽くキスしながら、優しい声で話した。
「今はお前がいるから、悲しくない」
アリエとカエールは手を握ってベッドで横になった。
手を通じて感じられるアリエのぬくもりを感じながら眠りに落ちた。
カイノンで過す夜は香ばしい草の香りで満ちている。
カイノンの周りには木が多く、夏の草の匂いは気持ちいいものである。
しかし、ジャイアントは草の匂いより土の匂いに慣れ親しんでいる。
冬に降りて硬く凍っていた雪が解けると、潤う土の匂いに満ちてゆく。
寒い冬の間、固くなっていた体をやわらかくしてくれて、心にも余裕が出来る。
ナトゥーは草の匂いには慣れない気がした。
今でも目を閉じると果てのない大地が目の前に広まり
厳しい風の音が耳元に吹いてくるような気がした。
「帰りたいのか…」
一人で笑っていたナトゥーはエレナというハーフリングが思い出された。
エレナは10年以上カイノンで過したそうだった。
ハーフリングとハーフエルフの地域環境が似ていたとしてもそんなに長く滞在すると
故郷に帰りたくならないのか聞いたら、エレナは微笑みながら答えてくれた。
「人が住む場所はどこでも同じでしょう。
何の不安もなく平気というのは嘘ですけど、まだ頑張ることが出来たのは
カイノンの人たちと馬が合ったからです。
種族に関係なく、心と心が合うことには、何の差し支えもないでしょう」
ナトゥーはハーフリングの明るい性格が合わなかった。
ジャイアントに比べて、ハーフリングは明るくて朗らか過ぎる。
ナトゥーにとってハーフリング達は怖いもの知らずで、楽観的だと思われる。
エレナはハーフリングたちが全てのものと共存するために努力するためだと説明した。
‘心と心がつながる…ダークエルフとジャイアントでも出来るかな’
ダークエルフとジャイアントみたいに極端に違う種族はない。
ジャイアントを反対にするとダークエルフになるといえるくらい、全ての面から違う。
ナトゥーはエレナの話のように、共存するために努力をしても
ジャイアントとダークエルフがつながることは決してないと思った。
‘しかし、なぜ俺はフロイオン・アルコンのことを気にするんだ?’
考えてみれば、フロイオンはナトゥーが持っていたダークエルフのイメージとは違った。
ジャイアントを軽蔑する視線で見たこともなく、うそをついたこともない。
本音で話し合えるくらい親しくなったわけではないが、フロイオンとは本当に話が通じたと思う。
これから先、フロイオンと自分が友達になれるかは分からないが、今は彼が無事でいることを願っている。
国家のためにも、自分のためにもフロイオンが無事でいる事を確認したい。
エレナはナトゥーが書いた手紙をフロイオンに渡し、カイノンに来るように伝えてくれるといった。
エレナの話が事実だとしたら、フロイオンはハーフリングの街で監禁されているわけではなく、
何らかの理由でそこに滞在しているのだ。
「ハーフリングがダークエルフを監禁する理由がないか…」
ジャイアントとダークエルフの秘密契約をハーフリングたちが気付いたというのは
自分の考えすぎかもしれないと初めて思うようになった。
‘ヒューマンの聖騎士の足あとが残っていたのは偶然にすぎないのか?’
ナトゥーは自分が確認した聖騎士の足あとが気になった。
聖騎士の足あとが残っていた事はただの偶然とは思えない。
全てはフロイオンに直接聞くべきだ。ナトゥーは一日でも早くフロイオンがカイノンに着くことを願った。
しかし、世の中は自分の思った通りには動かない。