グレイアム・ベルゼン伯爵は鋭い牙を剥き出したワーウルフが近づいてくることに気付いた。
グレイアムはワーウルフに向かって剣を振るった。
ワーウルフは素早く体を避けたが、腕を斬られ赤い血が流れた。
腕から流れる血を見たワーウルフはもっと興奮したように、両手で攻撃してきた。
ワーウルフの爪と剣がぶつかる音がし、グレイアムはワーウルフの攻撃を防いだ。
シュタウペン伯爵は絶望的な声をあげながら、ワーウルフに叫んだ。
「人を傷つけてはいけない!早く逃げろ!」
しかし、グレイアムに殺気を出しているワーウルフにはもう聞こえない様子だった。
もう一度ワーウルフはグレイアム伯爵に向けて手を振るい、
グレイアムの青いシャツから赤い血の線が三つ現れた。
グレイアム伯爵は気にしない様子で、剣を改めて握り、ワーウルフを攻撃した。
いつの間にか城内には彼らが戦っている音しか聞こえなくなっていた。
彼らの戦いには誰も割って入ろうとしなかった。
ワーウルフが自分にかかってくるグレイアムの剣を両手で握った。
グレイアムの危機に気付いた警備兵が槍を握って近づきはじめた瞬間
グレイアムは腰に差していた短剣を抜き、ワーウルフの脇に刺した。
ワーウルフの足元がふらふら揺れ始め、やがて倒れてしまった。
自分に向かって倒れるワーウルフを避けて後ずさりをするグレイアムの顔にも血が滲んでいた。
周りの人はみんな驚いたが、グレイアム本人は落ち着いていた。
グレイアムの足元に倒れたワーウルフはぼろぼろになった服を着ている人の姿になった。
シュタウペン伯爵は本来の姿に戻った息子の死体を見て泣いていた。
エドウィンは考え事をしていた。
息子を守るために全てを捨てた父親の願いは叶わず、息子は父親の目の前で死を迎えた。
親にとって自分の息子の死を目撃する事に勝る悲劇はないだろう。
息子の名前を叫びながら泣いているシュタウペン伯爵の姿を見ていたエドウィンは
まるで自分のことのように感じられ、胸が痛くて耐えられない気分になっていた。
先まで感じていた世の中の不条理に対する失望と怒りが解けてしまうような気がした。
しかし、兵士たちに火刑式を続けるように命令するグレイアムの声が聞こえた瞬間、
エドウィンは自分自身が気づかないうちにグレイアムを殴ってしまった。
予想外の攻撃にグレイアムは何も出来なく、後ろに転がった。
バルタソン男爵はショックで体が固まってしまい、ジフリトが走ってきてエドウィンの肩を捕まえた。
「エドウィン!何をしている!」
「どうして!どうしてそんなに残酷ですか!」
倒れているグレイアムに更に殴りかかりそうな勢いでエドウィンが叫んだ。
グレイアムは兵士たちの力を借りて立ちながら、冷静な口調で話した。
「国王陛下の命令です。シュタウペン伯爵は国王陛下の命令に服従しなかったのです。
彼の息子が死んだとして、その罪がなくなるわけではありません。
彼の息子はもうモンスターになっていました。
国民の安全のために一匹でも多くモンスターを退治しようと努力していることは
誰よりあなたが知っているじゃないですか?」
「自分の父の死を防ぐために、ここに現れました!
モンスターに出来る事だと思っていますか?」
「放っておけば、いつかは自分の父親まで殺すモンスターになったはずです。
ワーウルフになった以上、彼は我々が殺すべきモンスターであります」
「しかし…!」
グレイアムにもう一回反発しようとしているエドウィンをジフリトが止めた。
グレイアムは握っていた剣を鞘に収め
「デル・ラゴスの中心は国王陛下です。
国王陛下に忠義を尽くさない人々が増えるとデル・ラゴスも国として存続できません。
そのとき、我々がデル・ラゴスのヒューマンだと正々堂々と言えますか?
われら騎士が存在する理由は、デル・ラゴスの栄光が永遠に続くように
国王陛下の命令に従うことであります」
グレイアムは城に向かった。
松明をもっていた兵士たちは急いでシュタウペン伯爵の足元に積まれている丸太に火をつけた。
一瞬で火は空までそびえた。
息子を亡くした悲しみでて気を失ったシュタウペン伯爵と息子の死体は
強い火に囲まれて消えていった。
赤黒い煙が空を飛んでいく。
力を失ったエドウィンはむなしい顔で火刑式を見ていた。
エドウィンの体から力が抜けた事に気がついたジフリトは手を離した。
恐ろしい勢いで燃え上がる炎を見ていたジフリトは静かに目を閉じ、神への歌を歌い始めた。
ジフリトの歌声を聴きながら、みんな静かに祈りをしていた。
ロハ神が我々を創りました。
帰ることも彼の意思通りに
ロハ神の祝福で生まれ
彼の栄光のために輝き
今はロハ神の元へ戻る
われらが死と呼ぶものが生ではないことを
死がわれらの生ではないことを
誰が知っているのか
悲しまないで
我らは別れるが、彼の霊魂は神の元へ
いま彼は幸せ
今夜彼のために空は開く
ロハ神のお呼びに答えたそなた
また会える日まで忘れないで