優しいそよ風が神殿の天井を回りながら香ばしい花の香りを運んでいる。
バルコニーに立ってヴェーナ広場を詰めつくしているエルフ達を見下ろしている
女王シルラ・マヨル・レゲノンの表情はあまり明るくない。
世の気運がだんだん汚れているのが分かっていても自分で何が出来るか分からない。
神々が世界を破壊しようとしていることは知っているが、理由が分からなく、
何をすれば止められるのかが分からない。
ただ、苦しんでいるだけだった。
彼女は雲一つなく輝いている空を見上げていた。
そして目を閉じ、女神へお祈りを捧げた。
‘貴方が私達に背を向けているのは知っています。
しかし、どうか私のお祈りに耳を傾けてください。
なぜならば、貴方にお祈りを捧げること以外に私には何も出来ないからです…’
閉じている目から、静かに涙が流れてきた。
「陛下、大神官リマ・ドルシル様がお待ちです。」
女王の背中から侍女の声が聞こえてきた。シルラ・マヨルが涙を隠して答えた。
「中まで案内してください」
侍女が出て、リマが入ってきた。
「お久しぶりです、大神官。お元気でしたか?」
「はい、おかげさまで元気です。私を探していると聞きましたが」
「トリアン・ファベルさんの話が聞きたいです。
その他いくつか助言を求めたいことがありまして、連絡しました」
「トリアン・ファベルはヴェーナから出て、アインホルンに行く途中でクレア工房を訪問したそうです。
あそこで心を傷つけた少女の治療を手伝ったそうです。
今はアインホルンにいると、手紙が届いています」
シルラ・マヨルは静かに頷いてから、何も言わずにリマ・ドルシルを見ていた。
シルラは次の女王になれる人は、リマ・ドルシルしかないと思っている。
自分より優れた予言力の持ち主で、全てを包み込む優しい心
何よりこの厳しい今を乗り越えられる賢明さ…
リマ・ドルシルだったら女王になれると、シルラ・マヨルは確信していた。
「陛下?」
何も言わず、自分を見つめている女王に少し慌てたように、リマ・ドルシルが声をかけた。
「あ、失礼しました。私一人で物思いにふけってしまいました。どうか許してください、大神官」
シルラ・マヨルはヴェーナの広場を見下ろしながら、話し始めた。
「大神官も感じていると思いますが、この世はだんだん混乱しています。
一日に何回も神様へお祈りを捧げていますが、神様が私達に背を向けている事に気付くだけです。
どうすればいいのか分かりません。私たちはただ終末を待つしかないでしょうか…」
女王はこれ以上話が出来なくなったようだった。リマ・ドルシルの目にも涙が浮かんでいた。
トリアンが終末から抜け出す方法を探して旅に出ているが、間に合うかどうか分からない。
そもそも、抜け出す方法があるのかの確信もない。
「陛下…私が思っていることを申し上げてもよろしいですか…」
リマ・ドルシルが口を開いた。女王は頷いた。
「どうぞ」
「私は、ロハン大陸の全ての種族が一つにならないとダメだと思います」
シルラ・マヨルは少し驚いた様子だった。
「続けてください」
「私たちを襲う存在は毎日のように増えつつあります。
この状況での種族同士のぶつかりは、滅亡を促すことに過ぎないと思っています。
ロハン大陸に住んでいる少数種族も含めた全てが力を合わせるならば
今の状況を乗り越えることが出来るのではないかと思っています」
リマ・ドルシルの説明に女王もゆっくりと頷きながら話し始めた。
「一理あります。しかし、可能なことでしょうか?
お互いの憎悪の念があまりにも深いのではないかと心配です。
また、神々がこの世から背を向けた事実を知らない種族も多いと思います。
彼らに真実を訴えても信じてくれるか自信がありません。」
「やってみなければ分からないことですね」
その時、侍女一人が走りかけてきた。
「陛下。アルマナ荘園から伝令が来ています。緊急で陛下に面会を求めております。」
「アルマナ荘園から?案内してください」
彼女が出てからすぐ息が荒くなった人が入ってきた。
「ロザリオ・ベニチ様から女王陛下へ緊急連絡がありました」
彼は膝ついてシルラ・マヨルへ巻物を渡した。
巻物を開いて読んでいたシルラ・マヨルの顔が真っ白になった。
「陛下?なんと書いてありますか?」
リマ・ドルシルが心配になって聞いた。
「アルマナ荘園の最高管理人、ロザリオ・ベニチさんの息子、ペルナス・ベニチが家出をしましたが
カイノンにいることを目撃した人がいるそうです。
事実確認のためにカイノンに行きたいそうで、私の親書を要請しています。
最悪の事態も考えられるので、緊急で親書が欲しいそうです」
「エルフがカイノンに?ハーフエルフ達がエルフを憎んでいることは誰もが知っているはずなのに、
何故エルフがあそこにいるのですか?」
巻物から暗い表情で顔を上げ、リマ・ドルシルを見つめながら話した。
「神様から授けられたことを遂行するため…だそうです」
リマ・ドルシルは理解した。大変な事態が起こっている事を。