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第一章 救援の重さ 第4話 08.04.09
 
少女は泣き止んでいたが、まだその顔から涙の跡は消えていなかった。
そしてその瞳は固い決意で光っていた。
少年はそんな少女の顔を見るのが苦しかった。
少女が、今日の昼間と同じく怒り出し、泣き叫びながら少年の父親を非難した方がずっとマシだと、
少年は思った。

雲が月を隠し、闇の帳が色濃くおりて足元も見えない夜道を少女はすたすたと歩んだ。

闇が濃く、少年には少女の姿が半分ぐらいしか見えなかった。
その後姿が物悲しくて、少年は普段は行こうと思ったことのない暗闇の道を、
少女の後を追って歩き出した。

町外れの家屋を過ぎても歩みを止めず、そのままかなりの距離を進んだ後に、
少女はようやく振り向いた。
漆黒の闇の中であっても、少女の怒りがまだ収まっていないのが十分伝わってきた。

少年は声をかける事も出来ず所在なさげにゆっくりと足を止めた。

その時、月が雲の隙間から顔を見せた。
月明かりで見えた少女の顔は涙で濡れていた。
口を硬く閉じて少年の方を睨みながら涙を流していた。
少女は少年に叫んだ

「あなたのお父さんがうちの母さんを殺したんだ!」

エドウィンは刺すように痛む頭をじっと手で押さえながら体を起こした。
窓は閉じているのに、うるさい鐘の音が部屋中に響いていた。
彼は頭を軽く振るい夢の余韻を頭から消し、窓の外を見た。

まだ夜明けの薄い青色の闇が漂っている要塞内は耳が痛くなるほどの鐘の音や、
その音のせいで目を覚ました兵士達のざわめきで騒然としていた。
1人、2人と要塞の中庭に集まり始める兵士達を見て、
エドウィンは服を適当に身に纏い剣を手に握るやいなや、部屋から駆け出した。
 
鐘の音は要塞の中央にある神殿から聞こえてきた。
神殿の塔の天辺にかかっている銅の鐘が壊れそうなほど揺れていた。
要塞の兵士達は神殿の周りに集ったまま戸惑っている。
エドウィンは自分の目が届く範囲を見回した。
兵士達の視線が神殿に向かっているのを見て、外部からの襲撃ではないと判断した。

神殿の前にはエドウィンと一緒にグラット要塞に派遣されてきた
見習い騎士のハウトが立っているのが見えた。
彼も鐘の音に驚き急いで駆けつけてきたようで、服装がずいぶん乱れていた。
エドウィンと目が合ったハウトは目で神殿の門を指して見せた。

神殿の門は硬く閉められていた。
何かがおかしい。
神殿には鍵をかけていないし、通常は寒い冬の日であっても門は開かれているのだ。

神殿は誰にでも開放された場所だからだ。

しかし、今要塞の神殿の門は誰かが入るのを拒むように固く閉じられている。
そしてその閉じられた門の内から、鐘の音が依然として激しく鳴り響いているのだ。

エドウィンは大きく深呼吸して剣を握りなおした。
エドウィンとハウトはそっと、神殿の門に近づいた。
二人の騎士は門の取っ手を1つずつ握り、思いきり力を込めた。

開けられそうになかった厚くて重い門は意外と簡単に開く事が出来た。
夜明けの弱い光が神殿の中を照らす。
そしてその光に背を向けた人が1人、空中に浮かんで揺れていた。
首を綱で絞められて、四肢がだらりと垂れ下がっている。
死体だ。

神殿の一番奥にある広い一室には、オンやエドネの石像が安置されていた。
銅の鐘から垂れていた綱にかかっている死体は、
奥に見えるオンとエドネの石像をその体で隠すように激しく揺れていた。

はっと動きが止まっていたエドウィンは、神殿の中へ駆けつけて、
揺れる死体の動きを止めた。
鳴り続けていた鐘はさらに数回弱い音色を発した後、ようやく止まった。
 
エドウィンはその死体を抱いたまま神殿の外の方を見た。
ひどい衝撃を受けたらしく、ハウトは崩れ落ちるようにその場で座してロハに祈っている。
エドウィンは彼に向かって大声で叫んだ。
 
「ハウト!騎士達を呼んでこい!今すぐだ!」
 
ハウトはもがきながら立ち上がり、後ろに下がった。
そしてやっと騎士団の詰め所の方へ走り出した。
エドウィンは死体から離れて少し後ろに下がった。

たぶん自分の顔もハウト同様真っ青になっているだろう。
エドウィンは自分が動揺している事に気付いてはいたが、
すぐに鎮める事は出来なかった。

彼はまだ自分の目で目撃したことが信じられなかった。
まだ夢を見ているのかとも思った。
グラット要塞の総司令官ヴィクトル・ブレン男爵が、
胸に大きな穴が空いた遺体となり、
鐘の綱に吊り下げられ揺られていたのは現実の事なのか?

エドウィンは何人かの兵士と力を合わせヴィクトル男爵の死体を綱から外して床に降ろした。
当直中だったのか、武装したままの兵士が、
自分のマントで総司令官の遺体を覆い、目を瞑らせた。

遺体が見えなくなったことで、ようやくエドウィンは気持ちを落ち着かせる事ができ、
壁に体をもたれかけさせた。

男爵の遺体には不審なところがたくさんあった。
だが、グラット要塞に派遣されて1日も経っていない自分が
今回の事件の調査で表に立つ事は出来ないだろう。

彼は目を開けて神殿の外の方を眺めた。
集めていた兵士達が3、4人ずつ群がりざわめいていた。
何かが…おかしい。

騒いでいる兵士達を落ち着かせて整列させ、
この事件の後始末をすべき騎士達の姿が見えない。
それ以前に、普段ならこの時間になると朝の業務を指示し、
訓練の準備で忙しいはずの騎士達が1人も姿を見せない。
 
しかも、今朝はうるさい鐘の音や叫び声で、
普段よりうるさくて騒がしい朝だったはずだ。
…なのに騎士は1人も見当たらない。
緊張と不安でエドウィンの顔が強張ってきた。
 
そういえば騎士達を呼ぶために詰め所へ向かわせたハウトもまだ戻ってこない。
エドウィン気付いた、この要塞で何かが起きている・・・
兵士達の方を見ると、彼らも何かがおかしいと感じ取り、騒いでいるようだった。
 
やがて兵士達のざわめきもだんだんと小さくなり、
彼らは騎士団の詰め所の様子を伺っているようだ。

エドウィンは手に提げていた剣を握りなおした。
皆が眠っていた夜、騎士団の詰め所をモンスターが襲ったのか。
この要塞にいる騎士はもう自分だけかもしれない、という不安が頭を横切った。

…自分の目で確かめるしかない。
もう夜は明け、辺りを覆い隠すような闇も消えて太陽が昇っている。
雲1つ浮かんでいない青空に鎮座する太陽からまぶしい日差しが
溢れているのにもかかわらず、不安は消えない。

エドウィンが閉ざされた騎士団の詰め所のドアに手を当てようとした瞬間、
どこからか声が聞こえた。

その女性の声はヒューマンの言葉を喋りなれていないように、どことなくぎこちない。
また、その声はエドウィンの耳ではなく、彼の頭の中に入り込んできたようだった。
 
−大丈夫?私の声、聞こえていますか?−
第五話もお楽しみに!
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