ナトゥーの質問にクレムは唖然として親友の顔を見上げた。 ナトゥーは真剣な表情だった。 彼が冗談を言っているのではないことに気付き、 クレムは呆れたような表情を浮かべた。
「フロイオン・アルコンなら現ダークエルフの国王の弟だよ。 腹違いの弟だから王位継承権からは遠いといっても、 まだ若いのに外交官として頭角を現してきてるようなんだ。」
ナトゥーはその太い眉をひそめた。 無口な親友が顔をしかめると、そうとうな圧迫感がある。 ナトゥーと同じ程長い間戦場で戦ってきたクレムも、 ナトゥーが顔をしかめると若干緊張してしまう。
この重たい空気を追い払おうと、クレムは軽く肩をひそめて見せた。
「まさか、知らなかったのか」
「…」
クレムが軽く肩を叩こうとしたが、ナトゥーは避けてしまった。 クレムは置くところを失った自分の手を見下ろしながらつぶやいた。 「エトンまでエスコートする間、フロイオン・アルコンとお前は仲良かったから 知っていると思ってたけどな。」
「あいつが追いかけてきてただけだ」
ナトゥーは愛想なく応えた。クレムは肩を竦めて溜息をついた。
「いくら今回の任務が気に入らなかったとしても、 自分が護衛する相手が誰なのか知っておくのは当たり前の事だ。 最近のお前は無神経すぎる。 いつまでも戦場で生きていけると思ってるのか。」
クレムの小言が続き、ナトゥーは両手を上げて見せてその場を去った。
エトンに着いた時、ジャイアント戦士会は礼儀正しく異種族の使者団を迎えた。 使者団のうち、主賓として接されるのは少し偉そうに振舞うダークエルフの女性と フロイオン・アルコンだった。 フロイオン・アルコンが単なる補佐だと思っていたナトゥーは驚くしかなかった。 これまでナトゥーはフロイオンが補佐としての働きもしっかり出来ない 生意気なダークエルフ青年だと思っていた。
クレムから彼の正体を聞いてからはもっといらいらした。 ずるいダークエルフにからかわれたと思い、自然と表情が強張った。
ジャイアントの国ドラットの首都エトンは山裾から山の斜面へと伸びるように 建てられた都市。
そのエトンの一番奥であり一番高いところに王宮や戦士会の建物が立っていて、 その下に都市が広がる。 戦士会の建物から出たナトゥーの目の前にエトンの全景が広がっている。 岩を削って作った堅固な都市。 昔から数多くのジャイアントがその岩の壁を削って整えた美しい彫刻で埋まっている。
ナトゥーはこの都市で生まれ育ち、子供の頃からこの美しい岩の都市を愛していた。 彼の父親は同族や国を守るために戦った末戦死し、 彼の弟のラークもモンスターとの戦闘で戦死した。
ナトゥーもこの国のために戦って、いつ命を落とすか知れない運命。 命が惜しいと思ったことはない。 それより大事なのはジャイアントとしての名誉や誇り。 いつどこで攻撃してくるか分からないモンスターと戦って勝利を得るうちに 誇りを失わず名誉を手に入れる事もできた。
だが、長い伝統を守ってきたジャイアントの大地にもいつしか変化の風が 吹き始めているのだ。
「ナトゥー、任務は終わったようだな」
ナトゥーは自分に話かけた声の方に身を向けると同時に礼儀正しく挨拶をした。 声の持ち主はノイデだった。 ずいぶんと年を取った老戦士にもかかわらず、 依然として若い頃の体を維持している戦士会の首長は、戦士会の建物から出て、 ナトゥーの方へまっすぐに歩いてきた。
ノイデはナトゥーの隣に並び、ナトゥーと同じくエトンを見下した。 しばらく沈黙が続き、老兵は長い溜息を付いた。
「この都市はもう昔のようには戻れないな。」
「ダークエルフの使者団の訪問は、私も気に食わないです。」
ナトゥーの答えにノイデはうなずいた。
「そうか、若いジャイアントの中には、異種族がとにかく珍しくて、 近寄っていく奴らが多いらしいが、君は違うようだな」
二人のジャイアントの間で、またも沈黙の時間が流れた。 寒い北の地方では太陽ほどありがたい存在はない。 その太陽を抱きしめるように、エトンは1日中日差しを受ける角度に計画された都市。
空が夕焼けに染められ、エトンの岩の建物や城壁なども金色に輝いていた。 ノイデが低い声でつぶやいた。 普段の強い首長のイメージからは考えられない疲れた口調だった。
「世の中も変わりすぎちまったな。 俺が君位の年だった頃には全てがもっと単純だった。 モンスターを倒して同族を守り、この国を守る、それだけを考えればよかったんだ。 だが、今はすっかり変わってしまった。」
「国王陛下はダークエルフと手を組もうとおっしゃいましたね。 戦士会はただ腕を組んで見ているつもりなんでしょうか。」 ノイデはナトゥーを見つめた。 過去の哀愁に沈んでいた老戦士の目が徐々に光り始め、 やがて普段の目に戻っていた。
ノイデは顎を撫でながらにっこり笑った。
「我々の国王、レプトラバ様はモンスターとの戦闘で長男を失った。 それで衝撃を受けた陛下が理性を失ったと言いやがる奴らもいる。 しかし国王は冷静で頭のいい方だ。」
ノイデは体の向きを変えて王宮の方を眺めた。 岩で作られたがっしりした王宮が夕日で金色に輝いている。
「これは簡単な話だ。我々ジャイアントやダークエルフが手を組めば、 ロハン大陸の東を軸として、ヒューマンやエルフを牽制できるということだぞ。」
「ダークエルフって信じられる種族ですか。」
「ナトゥー、政治とは子供の気まぐれな友情とあんまり変わりのないものだ、 もし今後問題が生じるとしても、我々の戦士達がダークエルフに負けると思うか。」
ノイデは微笑んだが、ナトゥーは笑う事が出来なかった。 彼はダークエルフの青年フロンの話を思い出していた。
‘しかし、私達とあなた達ジャイアントには共通するところがあるんです。 すごく大事な共通点が・・・それは嫉妬からの憎悪…’
これが嫉妬という歪んだ感情から始まったことなら、 果たして正しい結果にたどり着くだろうか。 ナトゥーはノイデがほぼ確信している結論にまだ同意することはできなかった。 | |