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第二章 神を失った世界 第2話 08.06.18
 
ハーフリングは自分達が住む地域から遠くに旅立つことなどといったことは好まない。
そのため、彼らを他の国で見かけることは滅多にないことだ。
聖騎士団からもそういった話を聞いたことがあるエドウィンは、ハーフリングの国リマに着くまで
ハーフリングを見かけるとは思いもしなかった。

だが、今彼の目の前にはハーフリングがいる。
しかもここはヒューマンの領土内なのに。
そしてそのハーフリングの女性は厳しい目でエドウィンを睨みつけている。
 
「ニンジン、残さずに全部食べるのよ。まだ若いくせに偏食するなんて情けないよ」
 
それに厳しい言い方で小言まで言われている。
エドウィンは顔をしかめた。
 
「あの、タスカーさん。私がニンジンを食べないということはあなたには関係のない…」

「言うこと聞きなさい、エドウィン。私を助けてくれた人に悪いことを言うわけがないでしょう?
さあ、食べて」

エドウィンが何を言ったってそのハーフリングは聞かない。
可愛い顔立ちに似合わない厳しい表情をしているだけだった。
エドウィンは溜息をついた。

アインホルン聖騎士団は、エドウィンにグラット要塞壊滅の真実について
秘密にしておくことを強要した。
神の姿を見かけた、神が人類を抹殺しようとしている、主神オンが消滅した、
聖騎士団の騎士達がモンスターと化した、といった話しはただでさえ不安なこの時期に、
人々はさらなる混乱に落ちていくだろう。

しかし、聖騎士団を一番惑わせたのはデカンに関する報告だった。
50年前に全て消滅したと知られたドラゴンが神の手によって消滅され、
新しい種族である彼らの子孫がこの大陸に存在して神を憎んでいる、
という話しは神への変わらない心を基本に作られた聖騎士団としては
絶対信じたくない話しだった。

しかもドラゴンは最高の神オンがその手で創った完璧な生き物だと知られているのに。
結局グラット要塞壊滅の件はモンスターの大部隊が要塞を襲撃し、
聖騎士は勇敢に戦った末、戦死したということになって外部に知られた。
 
一方、エドウィンは聖騎士団と神殿に何回も呼び出され、
彼が目撃したことは幻覚か作り話だということを認めるように強要された。
エドウィンは自分が目撃したことや経験したことが嘘で、デタラメで、
幻覚かもしれないとは絶対認めたくなかった。

彼はまだはっきり覚えている。
要塞の塔にぶら下がっていたヴィクトル・ブレンの遺体、その体に大きな穴。
意志を奪われコントロールされていた騎士達。
エドウィンに助けの手を差し伸べた独特な姿のデカン族キッシュ。
そしてエルフのトリアン・ファベルの大きな紫の瞳。
どうやってその全てを否定することができるのか。
人々を混乱させる真実を知っているエドウィンは聖騎士団の中で悩みの種になった。

結局エドウィンには国境付近の偵察任務が与えられた。
口実は偵察任務だが、実際は聖騎士団から追放されるような処分だった。
誰にも信じてもらえない真実を心の中に抱いて、エドウィンはアインホルンを去っていった。
最初に彼が向かったのはハーフリングの国リマの方だった。

色んなことが複雑に絡まった頭の中を一掃するために、
今度のことに関する場所の方には行きたくなかった。
南のエルフの国ヴィア・マレアも、北のバラン島にあるデカンの国も、
そしてグラット要塞の方も避けたかった。

首都アインホルンから遠くなればなるほど治安状態はひどかった。
人もほとんど見当たらなくなった。
国の全地域にばらばらになって住んでいた人々も聖騎士団の保護を
受けることができるアインホルンに向かって故郷から離れているためだ。
デル・ラゴスの領地内にあるセルカ天体観測所付近の町に着いた時、
エドウィンは小さな騒ぎに出会った。

全国的に一日数回も騒ぎが起きているのがこの町の実情である。
一人旅をしている女性にちょっかいを出している酔っ払いのせいで騒ぎが起きているらしい。
フードの着いた上着を着て、顔をそのフードで隠している小さい女性は冷たい言い方で
その酔っ払い達と言い争っていた。

もし、その酔っ払いの連中の一人がデル・ラゴスの国家マークが張られた鎧を着た兵士じゃなかったら。
もし、フードを被っていて顔が見えないその女性の口から聞いたことのない異種族の言葉ではなかったら。
エドウィンは座っていた席から立ち上がらなかったかもしれない。
しかし、その女性の旅人は異種族で、彼女に迷惑をかけている酔っ払いの連中の中には
デル・ラゴスの兵士もいた。

デル・ラゴスの軍人として、騎士として、ヒューマンという種族に
高い誇りを持っている青年として許せないことだった。
エドウィンはその酔っ払い連中に聖騎士団のマークを見せながら怒鳴り、追い払った。

エドウィンにお礼を言いながら、顔を隠していたフードを脱いだ人物はハーフリングの女性だった。
ヒューマンから見たそのハーフリングの女性の年齢は10代後半ぐらいにしか見えなかった。
そのハーフリングの女性、タスカーがお礼として食事を誘い、2人は一緒に食事をして、
そこでお互いの目的地が同じところだということを知った。

タスカーは本来、ハーフリングの所有物であるセルカ天体観測所を訪問してから、
自国のリマに帰る途中だった。
エドウィンははっきりした任務の目的がないまま、他の異種族の国に行ってみたいと思い、
ヒューマンと良い関係であるハーフリングの国に向かっているところだった。

それから一緒に旅して3日目、エドウィンはタスカーがただ可愛い外見の
ハーフリングの女性ではない、ということに気付き始めていた。
 
「ニンジン食べなさいって言ったでしょう?体に良いから食べなさいって言ってるのよ。
それに毎日戦闘ばっかりしてたら、こんな新鮮な野菜を食べられる機会はなかなかこないの。」

「…なんていうやかまし屋だ」
 
エドウィンの不満そうな呟きはタスカーにまで聞こえたようだった。
彼女は眉を上の方に上げて見せたが、すぐ笑顔を戻した。

「年上の話しだから聞いた方が得するからね。
私はあなたと同じくらいの年齢の子供が2人もいるから。
これも大人が心配して言ってることだから聞いてね」

エドウィンよりずっと年下のような顔に背のちっちゃいハーフリングの女性。
この3日間一緒に旅しながら、エドウィンが気に入らない行動をすると、
彼女は自分の年が遥かに上ということを強調しながら、何回も繰り返して叱った。
彼女の話が本当かどうかは分からないが、気持ちはすでに
やかましくて厳しいお年寄りと旅している気分だった。

「…うるさい年寄りだな」
 
エドウィンの冷ややかな言葉は今回もタスカーに聞こえたようだった。
エドウィンは睨みつけるタスカーの視線を避け、慌てながら小さく切れてあるニンジンを飲み込んだ。
第3話もお楽しみに!
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