地上の誰も近寄ることのできない蒼空の都市アルピア。 ここは下位神の住む世界で、徐々に廃墟と変わっていくロハン大陸の ずさんな風景とは裏腹に神の祝福で緑が茂る、美しい都市だった。 その中心には、カタツムリの柄の形をした純白のラコンが立ち、 その周辺には森や湖がまるで青い海のように広がっていた。
しかし、生き物としての気配が感じられる存在は何1つ無い。 知恵の神ロハは窓際に立って、窓から見える地上の風景を冷たい視線で見下していた。 ロハは5人の下位神のリーダーで一番上の神、もっとも冷静で理性的な神だった。 彼は黒の深い瞳は千里の先も見られ、生きているなら、どの生き物の精神でも支配することができる。
しかし彼が唯一どうにもできない存在は主神オンの破片を持っている者。 それを考えているロハは美しい風景を眺めていても、晴れた気分にはならない。 そのとき、シルバの風が彼の肩越しで吹いてき、彼の髪の毛を乱した。 「フロックスを追い出したって本当?」 シルバが後から現れた。 彼女の野生的な灰色の瞳は好奇心で光っている。ロハは溜息を付いた。
「そのバカの話しはよせ」 ロハの冷たい言い方にシルバは声を出して笑ってしまった。 「一体うちの末っ子がどんないたずらをしてロハを怒らせたのかしら?」 シルバの意地の悪い質問にロハは顔をしかめた。 シルバは5人の下位神のうち、4番目で、明るくて活発な性格だが、 感情の起伏が激しく、わがままなところがある。 今もフロックスへの心配よりは、この状況を楽しんでいるだけだった。 「お父様への疑いや俺への反発」 ロハは物を切り取るような答え方にシルバは驚いた様子だったが、 すぐうなずくように自分の髪の毛を指で巻いた。
「まあ、いつかはフロックスがあんたに反発するだろうとは思ってたわ、 その子はあなたにやきもちを妬いてるから」 「余計なこと言うな!」 ロハはシルバを恐ろしい目で凝視した。 「あら、怒らせちゃった?」 シルバは彼の怒った顔を後に、大声ではしゃぎながら風と共に消えてしまった。 シルバがいなくなって、ロハはまた溜息をついた。 彼女のせいで思い出したくないフロックスとの口喧嘩のことを思い出してしまったのだ。
フロックスは下位神の中では末っ子で、火を司る神。 ストレートで裏表がない性格のせいでロハとはかなりもめていた。 今日の朝にもフロックスは、ロハがアルピアの境に立ってゲイルに話したことを聞いて激しく怒っていた。 その時ロハがゲイルに言ったのはこの一言だった。 「あそこを壊せ」
ゲイルはロハの後に立っていたが、ロハが指差したロハン大陸を見た。 そして軽くうなずいた。 彼は下位神のうち3番目の神で大地を司る神。 口数が少なく、これまでロハのさせることにいかなる事も疑いもせずに従ってきた。 やがて庭園の片隅に立っていたフロックスが燃える炎のような真っ赤の瞳に怒りを盛り込んだまま、 叫ぶような声を出した。
「一体いつまでだ!?」 急に聞こえた叫びにロハはゆっくり振り向いた。 「何がだ?」 彼はフロックスの怒りなどは気にもしないような表情をしていた。 「地上の存在を本気で抹殺させるつもりか?!」 「奴らの生命力は主神オンから始まった。その命をお父様に捧げるのは当然のことだ」
フロックスが冷ややかな笑いを浮かべた。 「はっ、地上の彼らもそう考えてると思うのか?主神がそれを望んでると思ってるのか?」 ロハの表情には変化がない。
「惨めな命のために主神オンが消滅することは主神も望んでいないはずだ。」
「主神は自分の犠牲で大陸の命が永遠に続くことを望んでるとは思わないか!」
「それは主神が生き返ったら聞いてみろ」 ロハはこれ以上の口も利きたくないというようにフロックスから背を向けた。 「せめて正直になったらどうだ、ただ人生がつまらなくなったって」 フロックスが皮肉った言葉を吐いた途端、城の方に向かって歩いていたロハの足が止まった。 ロハについて歩いていたゲイルは低い嘆息をもらした。 「お前は何千年も生きてきた自分の人生がつまらなくなって全てを壊したくなっただけじゃないか! 主神のためだという口実で殺戮を味わいたいだけじゃ…くっ」 フロックスは急に体中から痛みを感じて、床に倒れそうになった。 ロハはフロックスの方を振り向いて彼を睨んだ。
「これ以上怒らせるな」 「俺は間違ってない」 「黙れ!」 フロックスが感じる痛みはさらにひどくなったようで、体から炎があがっている。 彼は苦しさに耐えきれず、うめきながらも皮肉を込めた言葉を吐くのをやめなかった。 「俺達に殺されたらどうだ?そうすればお前もお父様の後を追えるんだからな!消滅するんだよ!!」 「フロックスー!!」 ロハの抑えていた怒りは爆発した。 そうなると、彼の周りには渦巻きが起こり、全身からものすごい光があふれてきた。 それを見たフロックスは自分を抑えていた力を炎で押しのけ、ゆっくり体を起こした。 炎が違う力をぶつかる音を出して消えた。 その時、ロハの体は空中に浮かび、ものすごい速度でフロックスに近づいてきた。 フロックスは正面から近づいたロハの殺気あふれる目に思わずぞっとした。 「俺に逆らうつもりなら…」 ロハはささやくように言った。 「俺の手で殺してやる」 ロハの話しが終わったと同時にロハの右手に集まった光の塊がフロックスの胸を攻撃した。 フロックスは胸に激痛を感じ、後のほうに倒れた。 口から血が吹き出された。 しかし彼の燃えるような瞳には痛みよりも強い怒りが映っていて、 やがて起き上がったフロックスは強力な火炎でロハを襲った。 炎は渦巻きながらロハを襲う。 「ロハ!」 後でただ見ていたゲイルが声を出してしまった。 しかし炎の渦巻きはロハが発する光の力に飛ばされて消えてしまった。 ロハは殺気まで浮かべた表情で手を開いた。 そうすると彼の掌に透明な剣が現れた。 剣の周りには白い光が渦巻いた。 ロハは剣を握り、さっきより早いスピードで移動して、剣を振るった。
ロハの素早さにフロックスは避けることができず、炎の盾作った。 剣や盾がぶつかる音がし、まぶしく光った。 「くぅ・・・・」 ロハの力に盾は壊れ、剣はフロックスの肩を貫通した。 肩から血が流れた。 ロハは剣を握りなおし、フロックスの首を狙って剣を打ち下ろした。 その時、透明な防御膜がフロックスを包み、ロハの剣は撥ねてしまった。 ロハは恐ろしい目で後を振り向いた。 その目が届いたところには水色の髪の毛をしたマレアが心配そうな顔をして立っていた。
マレアは下位神のうち2番目、水を司る神だった、 ロハはマレアの阻止などは気にもしないといわんばかり、また剣を握り締めた。 今度はその透明な防御膜で剣を包んだ。 「やめてください、ロハ」 マレアはロハの方へ歩いてきた。 ロハは目の前で両手をひろげているマレアをしばらく見つめた。 彼女の瞳には恐怖を感じられ、ロハは溜息をつきながら手を下ろした。 「フロックス、アルピアから離れろ、俺の目の届かないところへ行ったほうがいいぞ」 氷を刺すような言い方だった。 「俺はここで死んでもかまわないけど」 「じゃあ、殺してやる」 フロックスはマレアを見た。マレアは顔を軽く振った。
「生きてやるよ、お前が正しいか俺が正しいか最後まで見てやる」
フロックスは肩の傷を手で押しながら立ち上がった。 マレアはその姿に哀れな視線を送った。 フロックスはマレアに微かに笑って見せて、次元の扉を開いた。 フロックスがすぐにでも倒れそうな動きで消えた後、 これまでのことをただ見ていたゲイルは一人で呟いた。
「全ては主神の意志の中で」 | |