HOME > コミュニティ > 小説
第四章 隠された真実 第2話 08.09.10
 
「どんな話しを聞いたとしても私はデル・ラゴスの聖騎士です。
私は私の剣に全てをかけて全ヒューマンを守る神ロハへの忠誠を誓いました。
エルフのトリアン・ファベル、デカンのキッシュ。あなた達の助けには深く感謝いたします。
ですが、私はまだあなた達の話を信じることができません。
全ての父なるオンが消えたとか、神が私達を抹殺させようとしているとか、
そういう話は聞かなかったことにします。」

彼には信じがたい真実だったんだろう。
彼にとって神とは自分の人生を導いてきたもっとも大きなコンパスだったはずだから…
いつか自分が神に裏切られたということを知ったら、彼はどう変わるんだろう?
神に助けを求むか?それとも、神に挑むか?
どんな結果がでるかは分からないが、それがいつになっても、
なんとなく自分は彼と一緒に行動しているのではないかと思った。
不思議だな。たった1回会っただけなのに…

「偉大なるドラゴンの末裔キッシュ!」

キッシュは自分を呼んでいる声に顔を向けた。

「何を考えているんだ?何回も呼んでいたのに、聞こえなかったのか?」

「ごめん、ドビアン、別に何もない。」

ドビアンがキッシュの横に座った。

「ふむ… ドビアンが当ててみようか? この前の旅でのことを考えていたんじゃないか?」

キッシュは豪傑に笑った。

「貴公には何も隠せないことを忘れていたな。」

「一両年の友達ではないだろう?兄弟みたいなもんじゃないか、それくらいはすぐ分かるさ。
それに、その旅から帰ってきて以来、キッシュが何か考え事をしているのをよく見かけたので、
そう思っただけだよ。何かあったのか?」

ドビアンの心配そうな顔をみたキッシュは、
 こうべを巡らして丘の下でデカン族たちが軍事訓練をしているのを眺める。
短い沈黙を破って、キッシュがそれとなく質問を投げた。

「いったい神は何を欲するんだろう。」

ドビアンが意外という顔でキッシュを見つめる。

「ロハン大陸の全ての生き物が神を恐れて欲しいのか。
それとも全部消してしまい、新しい世界を作り出したいのか。」

ため息をつきながらドビアンが言う。

「さあなぁ… 彼らが何を考えているのかは分からないね。
しかしどんな理由であろうと、ドビアンは…
いや、偉大なるドラゴンの末裔デカン族は彼らを許してはいけない。
キッシュも感じているだろう?我々の血管で流れているアルメネスの悲しみと怒りを。」

「ああ、感じている。どんな理由であれ、キッシュも神は許せない。
そして、彼らを全部殺してしまいたいんだ。
しかし、どうすればいいのか?何をどうすれば、神の存在しない世界が創れる?
ドビアンは知らない。神を敵にすることがどういうことなのか。キッシュは見てきたんだ。
神に操られ、仲間同士で殺しあっているのをさ・・・ 
自分の意思などどこにもなかった。
ただ神の傀儡になり、剣を振向いて仲間からの返り血を浴びても、何も感じない。
怒りや悲しみなど、そこには存在しなかった。」

「偉大なるドラゴンの末裔キッシュ。
偉大なるドラゴンの末裔デカン族はあの下位神たちが創り上げた種族とは違う。
我々は主神によって生まれた生き物だ。
神たちと闘ったドラゴンたちと比べれば限りなく弱った存在ではあるが、
彼らのように簡単に神に操られないだろうね。
我々がもう少しだけ力を養えば、神の無い世界で全てを支配できる。」

「キッシュは我々が彼らより優越であろうと、神に対敵するには彼らの力を借りるしかないと思う。
それに、実を言えば、本当に彼らより優越であろうかとも疑わしいのだ。
ダンとの戦争で我々が完勝したのか?笑わせる…」

ドビアンの目から火がでて、彼の声が裂ける。

「ありえない!一体、何が話したいのだ?そういう考えで、これからデカンの…」

「偉大なるドラゴンの末裔ドビアン!偉大なるドラゴンの末裔キッシュ!」

ドビアンとキッシュが振り向くと幼い少年が走って来た。

「老い虎のお使い君か。」

キッシュが独り言を呟く。
小姓の少年はドビアンとキッシュのところまで走って来て、息を切らしながら
大長老が二人を探していることを伝えた。

「何のことだ?」

「存じません。ただ、大長老が、国王陛下もお待ちでおりますゆえ、はよ連れて来られようと仰いました。」

国王も待っていると聞いてキッシュは驚いたが、ドビアンは見当をつけていたような顔で小姓に答えた。

「案内せよ。」

小姓が二人の前を歩き出し、キッシュとドビアンは彼の後ろに付いてレブデカに向かう。
丘から降りるとドラゴンの頭の彫像が視野に入る。
いつもこの彫像を見ながら都に入るたびに、キッシュは母体であるアルメネスが
自分に何かを囁いているような気がした。耳を澄ませば彼女の声が聞こえるだろうか。
もしやそれは話ではなく、苦しみ満ちた叫びかも知れない。

「貴公にはがっかりした。」

キッシュは友を見る。ドビアンは前方の王城に顔を向けたまま、
キッシュにしか聞こえないくらいの小さな声で呟いた。

「偉大なるドラゴンの末裔キッシュなら… ドビアンが選ばれなくても安心できると思っていた。
むしろ、キッシュの方が、ドビアンより遙かに向いていたと思ってもいた。だが、今は違う。」

「何の話だ?」

ドビアンは口を挟んだまま何も答えない。
いつの間にかドビアンとキッシュは小姓に付いて城内に入っていた。
蒼い海の中の風景が目の前に広がり、国王フェルデナント・ドン・エンドリアゴを中心に、
大長老や長老たちが二列に並び立っている。
キッシュが老い虎と呼んでいるカルバラ大長老が国王の左側に立ち、
比較的に若い方の青髭の長老、ハエムが国王の右側に立っている。

何十年間のダンとの戦争から休戦に導いたハエムを、人々は「嵐の目」と呼んでいた。
彼は白い顔に細長の青髭を垂らし、穏やかな顔で静かに自分の席に立っているだけだったが、
なぜかむやみに無視できない気配が彼の周りに立ち込める。
その気配の源は強い武力でなく、彼の三寸の舌だった。
いつもは無口な彼だったが、いったん話を始めると、だれもが彼の意見に従うしかない気がするという。

そんな彼の能力が発揮されたのは、ダンとの平和交渉のときだった。
悲鳴の戦場でデカンの幼い少年だったアナンが死んだとき、
デカンとダンは戦争の残酷さに目を覚まし、無意味な殺戮を終わらせようとした。
しかし、どうすれば終われるかが分からなかった。
あまりにも長く続いてきた戦争だったので、果たして簡単に平和交渉が出来るのか、予測が付かなかった。
国王と長老たちは昼夜を分かたず悩んでいた。

三日目の昼夜も過ぎたある夜、一人の若い青年が会議場に入り、
自分をダン族の君長に会わせてくれれば、平和交渉を成し遂げると言った。
それが青髭のハエムだったのである。
その場にいた者は皆自分の耳を疑うしかなかった。
長老たちはハエムに無謀なことだといい、諦めさせようとした。
しかし、彼は一歩も譲らず自分の意見が受け入れられるのを待った。
その姿を見た国王は、長老たちの激しい反対にもかかわらず、彼の意見を受け入れた。

朝日が眠っている大地を起こす夜明けに、デカン族とダン族が見守る中、
ハエムはダンの陣地まで一人で歩き出した。
彼はダンの兵士たちに囲まれ、君長のレアム・モネドがいるという幕営に移された。
声を出す者は誰もいなかった。沈黙だけが両種族を包む。
時間の流れにも鈍くなったころ、ハエムは君長レアム・モネドとともに幕営から姿を現した。
レアム・モネドはデカン族に向け、大きな声で平和交渉を受け入れると叫び、
そうやって両種族は平和交渉を結んだ。

ハエムがどうやってレアム・モネドを説得したのかに関しては誰も知らなかった。
ただ、ハエムの話を聞いたレアム・モネドが涙を流したという噂はキッシュも聞いた事がある。
キッシュは成人になって王城に出入りしてから、何回か彼を見たことはあるが、
本音が分からない人物だとしか思わなかった。
 
「よくぞ参った。」

フェルデナント・ドン・エンドリアゴが威厳のある声で二人を迎える。
ドビアンとキッシュは腰を折って挨拶をした後、跪いた。

「偉大なるドラゴンの末裔ドビアン… そして、偉大なるドラゴンの末裔キッシュ。
貴公たちの話は長老たちから聞いておる。
誰もが皆貴公たちが我々デカンでもっとも優秀な戦士であると言っておったのだ。」

「恐悦至極にございます、陛下。」

ドビアンとキッシュは頭を下げた。

「偉大なるドラゴンの末裔フェルデナント・ドン・エンドリアゴが国王になってからもう50年も経っておる。
一生懸命勤めてきた。どの種族にも負けないように。
しかし、フェルデナント・ドン・エンドリアゴはもう老いたのだ。
いくら鋭い刃であろうと、時間が経てば刃は鈍くなり、清い水もまた、たまっていればいつかは腐ってしまう。
現に我々デカンには新しい王が必要であると、フェルデナント・ドン・エンドリアゴは思うのだ。」

その言葉に驚いたキッシュは顔を上げる。
フェルデナント・ドン・エンドリアゴが王座から降りると言うのか?

アルメネスからデカンが生まれた直後、彼らは全部ばらばらになって
見慣れない環境に適応して生きていくため、努力するしかなかった。
そのとき、強力なカリスマと優れたリーダーシップを持った一人の若者が、
散らばったデカン族を集め、今の都であるレブデカでアルメネスの話をした。
自分はもちろん、デカンはドラゴンと神との戦争での最後の生存者であり、
デカン族の母体であるドラゴン、アルメネスを忘れてはいけないと。
彼女が自分の最後の生命力を使ってデカン族を生み出したのは、
死んだドラゴンたちの仇をうつためであり、一日でも早く神に対抗できるよう強くならないと、
ロハン大陸の他の種族と同じく、神によって終末へ向かうしかないと言った。

その若者の名前はアガードだった。
アガードの指揮のもとにデカン族は集まり、自分自身を守る準備に掛かり始めた。
いつの間にか国家の体制が調ってきたとき、誰もがアガードが王になるべきだと思った。
王になったアガードは自らフェルデナント・ドン・エンドリアゴと改名した。
彼はデカン族の生きている歴史であり、英雄であった。

キッシュもまた、幼いころから国王を尊敬し、英雄だと思ってきた。
そんな彼が自ら王座から降りるとは!誰もが信じがたい話だった。
 
「偉大なるドラゴンの末裔フェルデナント・ドン・エンドリアゴは王座を身内に渡すつもりはないのだ。
これからも永久にデカンの王は世襲でなく、長老と王によって選ばれるのであろう。
フェルデナント・ドン・エンドリアゴは数年前からこういう考えを長老たちに伝えておき、
彼らに真の王たる若き戦士を推薦せよと頼んだ。
そして、貴公たち二人がここ呼ばれてきたのだよ。」

そう言った国王は大長老に振り向く。
大長老は国王に目礼して、キッシュとドビアンに説明を続けた。

「我々は国王陛下のお望みどおり、貴公たちを含めた全てのデカンの若者を審査し、
最終候補として貴公たち両名を王位候補者として選んだ。
これから1ヶ月間、両名はいろんな試験を受け、その結果によって次の王に選ばれるのだろう。
正々堂々と善意の競争をしてもらいたい。」

大長老の話しが終わったあと、キッシュとドビアンは国王に挨拶を述べて王城を出た。
キッシュはドビアンに何かを話そうとしたが、ドビアンは一人で素早く去ってしまった。
混乱と苦い気持ちでキッシュはゆっくりと出口に向かう。
急に誰かが自分の裾を引っ張る気がして振り向いてみると、
蒼い肌と赤い瞳の少女がキッシュの裾をこっそり握っていた。
キッシュは何も言わず、何のことだという顔で幼い少女を見つめる。
少女はそっと微笑んで彼に囁いた。

「偉大なるドラゴンの末裔ハエムが西の城門で待ってると言ってましたよ。」
第3話もお楽しみに!
[NEXT]
第四章 隠された真実 第3話 [4]
[BACK]
第四章 隠された真実 第1話 [5]
 :統合前のニックネーム