「お前のせいだ!」
セリノンの声が森に響く。 ライはうつむいたまま何も言わない。 もう一人の生き残った仲間であるクニスは、顔に何の感情も表さずにライを見つめている。
「もともと自分が担当したターゲットをきれいに始末したら、 こんなことは無かったはずだ! お前のせいで仲間を二人も亡くしたのだ!」
矢のついた首をつかんで倒れたディタの姿が目に浮かぶ。 パルタルカで唯一、自分をダンとして認めてくれた友。
バルタソン男爵によって魔女の烙印を押された母の火刑が行われた その夜から、ライは森に逃げ込んで放浪を始めた。 森にはモンスターがうろついていて危険だったが、 ライには自分の母を殺した、怒った町の人たちがもっと怖かった。
しかし、幼い少女が一人で森の中で暮らすには限界がある。 ある日、彼女は町の人たちに見つからないよう、密かに自分の家に戻ってきた。 飢えたお腹を満たすためだった。 台所にはからから乾いたパンと腐ってしまったリンゴしか残ってなったが、 彼女は固くなったパンを少しずつかじって飢えを癒した。 その後、ライはテーブルクロスで腐ったリンゴと古いセーター1着、 そして母の形見となってしまった銀の櫛を大事に包んだ。
こっそり家を出て森に戻る途中見回りしていた町の人に見つかってしまった。 ライは精一杯森に向かって走り出した。 ライを見つけた住民は松明を持って、ライを追いながら魔女の娘が現れたと叫んだ。 静かな町に明かりがつけられ、人々の騒ぐ声がだんだん大きくなった。 ライをつかまえようとする人の数は増え、ライの脚からは力が抜け始めた。 地上に出ていた木の根に引っかかって転びながらライの意識が遠くなっていく。 後で目を覚めたら、自分は死んでいるか牢に入っているだろうと思いつつ。 その時、ライの耳に始めて聞く男の声が聞こえた。
「生き残りたいか」
目を覚めようとしても力が入らず、まぶたが重かった。 ライはやっと頷けた。
「いいだろう。俺が助けてやる。 ただ、後で俺に何で助けてくれたかと恨むなよ」
遠くなる意識の最後にライは自分を抱き上げる優しい手を感じた。
顔に落ちた夜明けの露に驚いて目を開けたときには、 ライの隣には消えていくたき火しかなかった。 いくら周りを見回っても他の人の姿は見えなかった。 おどおどしながら席を立てたき火から離れようとしたその時、 後ろから人の声が聞こえた。
「おはよう、チビ」
ライはびっくりして振り向いた。 たき火の向こうに重いマントを着た男が一人座っていた。 つい先までは人の姿など全然見えなかったのに、 彼はまるで今までずっとそこで座っていたように見える。
「村人たちに追われるほどの罪を犯すには、 君はあまりにも幼いのではないかと思うがね」
ライは男の向こうにゆっくり座りながら何も言わなかった。
「これからどこへ行くんだ?」
決めたところは無かった。 ただ、母を魔女と称して殺した人たちから離れるのであれば、どこでも良かった。 「俺と一緒にいくか?」
男の質問に何も答えず消えてゆくたき火を見つめていたライは、 自分と一緒に行くかと聞く男の質問に顔を上げた。
「ロハン大陸の北にはバランという島がある。 そこには忘れ去ったヒューマンの子孫たちが住んでいるんだ。 一緒に行くか?」
ライは頷いた。
「そこで君を歓迎してくれる人は誰もいない。 俺は君をその島まで連れては行けるが、 そこで生き残るためには君一人でやっていくしかない。 それでも行くか?」
ライは一所懸命頷いた。
「よし。今までの君はここで死を向かい、ダンとして生まれ変わるのだ。 そういえばまだ君の名もまだ聞いてないな。 名前は何だ」
「ライラック…」
リラの花がとても好きだった母が付けてくれた名前だった。 少し顔を歪めた男は席を立ちながら言い出した。
「それはあまりにもデル・ラゴス臭い。 これから君をライと呼ぼう。 古きロハン語で“現在”を意味する言葉だ」
パルタルカに着いた後、彼にはライより1つ上の息子がいて、 その少年の名前が“ディタ”ということが分かった。 男が話した通り、ライを歓迎してくれる人は誰もいなかった。 誰もが彼女がデル・ラゴスから来たと聞いて、殺気が篭った目で彼女を見た。 ディタ、ただ一人を除いて…
幼いときに母をなくし、大陸に出るときが多かった父のためディタは 一人で留守することに慣れていた。 しかし気後れしたり顔を曇らせたりする性格でなく、 いつも活発で元気でいたので周りの人から好かれた。 自分の年より大人しかったので叱れたことはあまり無かったが、 時々優しすぎると人から嫌味をいわれた。
その性格だからかディタは初めからライの面倒を見てくれた。 訓練場の寮に入る前までライはディタの家で住むことになり、 ディタはライがまるで自分の妹であるように仲良くしてくれた。 ライが寮に入った後もディタはライを実の妹のよう扱ってくれた。 矢が首にめり込んで死ぬまでも… | |