ナトゥーが後ろを振り向いてみたら黒いシルクのドレスを着た美女が彼に手を伸ばす。 肩を覆う黒いウェーブをした髪の間から蝶のタトゥーが微かに見える。 自分の瞳と同じ色の大きなアクアマリンのスタッフを握った彼女はナトゥーから指輪を受取り、 カノス・リオナンに向かってゆっくりと歩き出す。 彼女が国王に向かうと、近衛たちは道を開きもとの位置に戻った。
「先ほど探していたときには見えなかったのに、 いきなり登場して余を驚かすのか、ジャドール」
ジャドールと呼ばれたダークエルフの美女は艶やかな微笑を浮かびながら、 カノス・リオナンにナトゥーが持ってきた指輪を渡す。
「陛下、女性が美しいのは秘密を持つゆえですわ」
ジャドールの答えにカノス・リオナンは面白そうに大声で笑った。 ナトゥーが立っていることを忘れたように、ジャドールにいろいろと冗談を言った後 ダークエルフの国王は、しばらく経ってからナトゥーが持ってきた指輪を見た。
「これはダークエルフの王家の指輪ではないか」
「さようでございます」
カノス・リオナンの反応にナトゥーは湧き上がる怒りをなんとか抑えながら答える。
「ハーフリングの地、西部の国境地域で見つけたものでございます」
「ハーフリング?」
カノス・リオナンは理解できないというように反問する。
「フロイオン・アルコン卿がハーフリングの地の西側の国境あたりまで 暗殺者から避けて逃げたという情報を聞き、その地まで行きましたが 発見できたのはその指輪だけでした。 だが、周りにフロイオン・アルコン卿の遺体も、血痕もまた見つけなかったゆえ フロイオン・アルコン卿はまだ無事だと判断されます。 」
「ではフロイオン・アルコン卿は今どちらにいらっしゃいますか?」
ジャドールと呼ばれた美女が国王の隣に立ったままナトゥーに質問を投げた。 ナトゥーは謁見中に割り込んできた彼女が、 今は国王との会話に口を挟んでくることになりとても不愉快だった。 ナトゥーの顔が固くなることに気づいたカノス・リオナンは ようやくナトゥーにジャドールを紹介した。
「ジャドールはイグニス第1宰相です。 わが国には10人の宰相がいて、国をうまく治めるよう国王を補佐しています。 その中で、第1宰相は国王のもっとも頼れる臣であり、国王代理の資格を持っています。 すなわち、ジャドールは我が右腕と同じゆえ、お気になさらず」
カノス・リオナンの紹介が終わると、ジャドールがそっとお辞儀する。
「お会いできて光栄ですわ、ジャイアントの戦士殿。 私、ジャドール・ラフドモンと申します。 お二方の会談中、無作法な振る舞いをどうかお許しくださいませ」
「い、いえ・・・」
ちっとも思わなかった謝りの言葉に、ナトゥーは慌てて返事した。 ナトゥーの言葉を聴いたジャドールは微笑みながら話す。
「ありがとうございます。 では、もう一度お伺いいたします。 フロイオン・アルコン卿は今どちらにおられますか?」
「周辺の足跡と全体的な状況からみて、フロイオン・アルコン卿は ハーフリングと共におられていると考えられます。 それに様々な状況から、今回の事件にはヒューマンも関わっていると思われます」
ヒューマンという言葉がでると、今まで無関心な態度で ナトゥーの話を聞いていたカノス・リオナンの顔が固まる。
「ヒューマンがハーフリングと共にフロイオン・アルコン卿を拉致したと?」
「はい。確実には言い切れませんが、フロイオン・アルコン卿の指輪を見つけた場所には ヒューマンの聖騎士の足跡も残っていました。 それにダークエルフの使者たちのなかで我々に襲撃のことを伝えた方の話によると 暗殺者たちはヒューマンの言葉と似た言語を使っていたそうです。 私の考えでは、秘かに進んでいたダークエルフとジャイアントとの交流を ハーフリングが気づき、ヒューマンを呼び寄せたのではないかと思っております」
カノス・リオナンの顔が歪み、目に怒りの炎が篭る。
「この生意気なハーフリングの分際でダークエルフを威かそうとするとは! 余がそれを見過ごすわけにはいかん!」
「陛下、どうかお気を鎮めてください」
ジャドールがカノス・リオナンの腕に手を乗せながら静かに言う。 すぐにでも剣を取り戦争を宣言するような威勢だったカノス・リオナンは ジャドールの言葉を聴いて息を弾ませながら椅子に身を委ねる。
「下手に動けば、ヒューマンやハーフリングを相手に争うことになるかも知れません。 どうか慎重にお考え下さいませ」
ジャドールの言葉を聴いてナトゥーは頷いた。
「ジャドール殿の言葉通りです。 それに本当にハーフリングがダークエルフとジャイアントとの秘密会同に関して 知っているのかも確実ではありません。 ゆえに私がその指輪を発見したあと、直ちにハーフリングの街を訪ねるのでなく こちらまで参りました。 もし私がハーフリングの街でフロイオン・アルコン卿を捜すとすれば、 ハーフリングはダークエルフとジャイアントとの秘密会同があると確信するでしょうし、 もし知らなかったとしてもジャイアントの私がダークエルフを探していることをみると きっと疑い始めるのでしょう」
「では、どうしろと?」
カノス・リオナンが神経質的に声をあげると、その隣に立っていたジャドールが 彼を宥めるように言う。
「陛下が人を送り、ハーフリングの街でフロイオン・アルコン卿を捜させるほうが もっとも安全だと思われます。 もし、ハーフリングが真に我々を威かすためフロイオン・アルコン卿を拉致したとしたら、 そのときに宣戦布告しても遅くはないはず。 その時にはジャイアントからの支援も期待できるでしょう。 そうでありませんか?」
ジャドールの質問にナトゥーは少し悩んで率直に答えた。
「それは一介部隊の副隊長である私にはわかりません。 ジャイアントの国王であるレフ・トラバの命によりこの地に参りましたが、 両国同士の秘密会同に関してはまったく存じておりません。 それにそういう重大なことは国王陛下が決められることであり、 私はその命に従うだけです」
「ではフロイオン・アルコン卿が無事帰還するまで、 ジャイアントの戦士殿はここでお待ち頂くようお願いいたします」
「何故私がここで留まる必要があるのでしょうか? ダークエルフの国王陛下にダークエルフの使者たちの事故は 我々ジャイアントとか無関係であることをお伝えすることだけで、 私の役目は果たせて頂きますが」
ジャドールがゆっくりと微笑む。
「しかし… 我々としてはまだ完全にジャイアント側を信頼するのは難しいことです。 私が存じている限りでは、ジャイアント側には我々との秘密会同に 反対なさる方はそれほど少なくはないとのこと。 特に戦士会の方々がそうですと… だからこそジャイアントとの協約がまだ完全に取り纏まらない限り、 慎重な行動を取らざるを得ません」
ナトゥーの怒りに篭った声が震える。
「我々ジャイアントを疑ってらっしゃると?」
「どうかご理解お願い致します」
「私は帰らせて頂きます!」
ナトゥーは怒りを抑えられずに言葉を発し、振り返ったが、すでに遅い事に気がついた。 彼の後ろからは十人くらいのダークエルフの近衛たちが、魔法の力が篭ったスタッフで ナトゥーをけん制していた。
「使者を牢獄に入れよ!」 カノス・リオナンの命が下ると同時に、 ナトゥーは目には見えないロープで縛られ近衛たちによって連れ去られた。 ナトゥーは大声で叫ぼうとしたが、声が出なくなってしまった。 ジャドールがにっこりと笑う。
「我々は野蛮で騒がしいことがもっとも忌みますゆえ」
近衛に引かれたナトゥーが見えなくなると、カノス・リオナンの手のひらに置かれていた フロイオンの指輪が炎に包まれ、灰に変わる。 窓側まで歩いた彼は、灰になった指輪などには何の未練もないというように、 外に投げてしまう。 | |