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第四章 隠された真実 第15話 08.12.17
 
「神の下僕として育てられているドラゴンの末裔たちとは…
我々以外にも他の偉大なるドラゴンの末裔たちがまだいたのか」

キッシュの衝撃的な発言に、ハエムは震える声で聞く。
キッシュは大きくため息をついた後、ゆっくりと口を開く。

「今回の旅で、偉大なるドラゴンの末裔キッシュはエルフの大神官の頼みで
あるエルフと共にヒューマンのグラット要塞に行った。
そこでヒューマンの聖騎士を一人救った後、同行したエルフとは別れ
レブデカに戻るところだった。
リオムの森で一晩過ごすことになり、木の上で寝ている途中
ドラゴンの泣き声を聞いた。
慎重にその音がしたところにいってみると、
そこには本当にドラゴンたちがいた」

「なんと!
確か、偉大なるブルードラゴン・アルメネスが最後だったはずなのに…」

キッシュはなおもその時の状況を思い出す。
思っていたよりも小さかったが、高く鋭い叫びと逞しい羽ばたきはドラゴンそのものだった。
一度もドラゴンを見たことはなかったが、彼らにも自分と同じ血が流れていることが
本能的に分かった。
同族を見つけたという感激で彼らに近づこうとしたキッシュの目の前に
白い羽毛が舞い降りた。
思わず空を見上げたキッシュは素早く木の後ろに身を隠した。

空から天使たちが天下った。
神々の手足のような天使たちが武装した姿でドラゴンたちがいるところにゆっくりと降りた。
天使たちは皆、片手には大きなスタッフを、反対側には茨のような鞭を握っていた。
彼らは幼いドラゴンたちをドレイクと呼びながら鞭を振るい
ドラゴンたちを真ん中に集めた。
幼いドラゴンたちを集めて、その周りを囲んだ天使たちは
スタッフを握って魔法の呪文を唱え始めた。


何もかもを忘れ
全ての記憶を消したまえ
心臓に残りしは
神への忠誠と
万象への憎しみ
彼等には死を与え
神には服するべし

天使たちのスタッフから出た光が一つになって絡み合い、
巨大な魔法陣となってドラゴンたちを襲った。
ドラゴンたちの叫び声が森の中を走る。
苦痛と痛みに染まった彼らの叫び声にキッシュは息も出来なかった。
幼いドラゴンたちを襲った光が消え、彼らの鳴き声もだんだんなくなる。

幼いドラゴンたちは変わっていた。
誇り高き彼らの瞳は肉欲に塗れ、爪と歯は大きく鋭くなっていた。
彼らの悲しく響いた鳴き声さえも、他のモンスターの鳴き声と同じになってしまった。
天使たちが幼いドラゴンたちを神のモンスターに変えてしまったのである。

キッシュの話を聞いたハエムは驚きと怒りで全身が震えていた。

「偉大なるドラゴンの末裔キッシュよ、
…それは真か?
かの者たちは真のドラゴンであったのか?」

重く頷いたキッシュは悲しげに答えた。

「もはやドラゴンではない。
彼らは天使たちの言った通り、ドレイクにすぎぬ」

二人は口を開かなかった。
長い沈黙を終わらせたのはハエムだった。

「だから貴公が変わったのだな…
偉大なるドラゴンの末裔であるデカンの紀元となるドラゴンたちが
神によってモンスターになってしまう光景を見てしまったから…
貴公の言葉通り、それは偉大なるドラゴンの末裔デカンたちが
想像もできぬ最悪のものだったのであろう…」

しばらく口をつぐんで考えこんでいたハエムは、顔を上げキッシュに振り向きながら
確信したような口調で話した。

「真に残念なことではあったが、
我々が正しかったことが確信できてよかったと思っておる。
貴公を王位候補者として薦めたのは正解だったようだ。
幼馴染の偉大なるドラゴンの末裔ドビアンと競争し、
勝ち取るということは厳しいとは思うが
必ず勝利していただきたい。
偉大なるドラゴンの末裔ハエムも、貴公の勝利のため最善をつくす」

ハエムとキッシュは健闘を祈る握手を交わして別れた。
キッシュの頭の中は混乱していた。
しかし、何より自分の頭の中で大きくなってくるのはドレイクの姿だった。
同じ種族である自分からみても、あれはドラゴンではなくモンスターだった。
ふとグラット要塞で助けたヒューマンの聖騎士を思い出す。
彼の目にも自分がモンスターのように見えたのではなかったのだろうか。

`当然そうだったんだろうな・・・
エルフたちもキッシュをモンスターだと思って狩ろうとしたのだから…`

数十年前、自分がレブデカから離れ、世界を見回るという志を持ち、
ロハン大陸に行って旅を始めたころを思い出す。
他の種族の前に絶対立たないよう長老から念を押されたので
他の種族の首都には入れなかったが、遠くから色々な種族を見て
最後にエルフを見るためヴェーナに向かって森を通過していたところだった。

暖かい気温とやわらかい春風で緊張が解かれていたのだろうか。
急に地面がくぼみ、深い穴に落ちた。
狩りの為作っておいた落とし穴に落ちてしまったのである。
キッシュは早く落とし穴から抜け出そうと立ち上がったが、
落ちた時、右足が折れてしまった。
耐えられない痛みが全身を走ったが、このまま痛がっているわけにはいかない。
エルフたちに見つかる前に、ここから逃げることが先だった。
歯を喰いしばってやっと立ち上がったとき、落とし穴に近づくエルフたちの声が聞こえた。

「あれ?何かかかったようだな」

「大人しいし、鹿でもかかったのかね?」

キッシュは壁に背を向け、どこか隠れる場所が無いか探したが、
落とし穴にそんなところがあるはずがない。
冷や汗が体を濡らした。

いつの間にかエルフたちの影が落とし穴に写った。
キッシュはゆっくりと顔を上げ、落とし穴の入口を見上げた。
薄緑の瞳と目を合わせた瞬間、エルフの悲鳴が森の中に広がった。

「うあああっ!
モンスターだ!モンスターがでたぞ!」

エルフたちはモンスターが出たと叫びながらどこかへ逃げ去った。
キッシュは全身の力が抜け、地面に座り込んだ。
自分を目撃したエルフたちが狩り人を連れてきて、このまま死ぬと思ったら
目の前が真っ暗になった。

その時、やさしい女性の声が聞こえてきた。

「ねえ、大丈夫?」

キッシュは顔を上げ、声の持ち主を見上げた。
白い肌に薄青の瞳のエルフの女性が心配そうな顔で自分に話を掛けてきた。
さっきのエルフたちとは違って、自分がモンスターとは見えないようだ。

「どこか怪我したところはありませんか?」

「貴公は… キッシュがモンスターに見えぬのか?」

彼女は首をかしげながら答える。

「モンスターの目には殺気が満ちていますが、
貴方はそうではないじゃないですか」

不思議そうな彼女の答えを聞いて、キッシュは心が温まるような気がした。

「偉大なるドラゴンの末裔キッシュだ。貴公は?」

「私はリマ・ドルシルです」
第16-1話もお楽しみに!
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