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第五章 レクイエム 第4話 09.01.28
 
セリノンの説明を聞いたパルタルカの第7代君長、ベイエン・アスペラは
口の中に含んでいたタバコの煙を空中にふかしながら頷いた。

「人々の犠牲はあったものの、幸い我らの計画通りになりましたね。
これからはロハン大陸にて戦争が起きるのを待つのみでしょう」

「はい」

「さて…
我らに使節団を殺せと依頼した、そのジャドールという女性は
いったい誰でしたか?」

「ジャドール・ラフドモンはイグニスの第1宰相でした。
彼女が我らに使節団の暗殺を頼んだ時、
現国王であるカノス・リオナンの王位を脅かす可能性がある
フロイオン・アルコンを始末するのが目的だったらしいです」

しばらく目を閉じて考え込んでいた君長はキセルをくわえ、
深く吸い込んで吐き出しながら話す。

「彼女がどんな人物なのかは判りませんが、
実力で一国の第1宰相になったとしたら、
彼女の話したことがすべてだとは言い切れませんね」

「どういう意味ですか…?」

「彼女が我らに述べたように、
現国王の王位を脅かすかも知れぬ人物を排除することだけが、
今回の目的ではないかも知れないということです。
もしかすると、彼女はもっと複雑な、
政治的な計算で使節団の暗殺を計画したのかも知れません。
いまだにダークエルフとの協約を結ばず、時間を稼いでいるジャイアントに刺激を与え、
交渉テーブルに座らせるためだった可能性もあります。
これから見守るべきことですが…」

「しかし、結局ダークエルフとジャイアントは秘密協約を結ばざるを得ないでしょうから、
わざと一人を見逃せと言ったんじゃないですか?
私は未だにその理由がよく分かりませんが…」

君長が口元に微笑を浮かびながら答える。

「我らが見逃したダークエルフの使者は
ジャイアントたちにヒューマンに襲撃を受けたと訴えるでしょう。
外の状況がよく分からない人たちは我らの存在が分かるはずがない。
ヒューマンと同じ顔で同じ系統の言葉で話す。
当然ヒューマンだと思うでしょう。
そして使者からその話を聞いたジャイアントは、
それがヒューマンからの宣戦布告のように伝わるでしょう」

一門派の継承者であり君長でもあるベイエン・アスペラの
見事な知略にセリノンは感嘆した。

「そうそう、もうすぐナヤル派の継承式があると聞きました。
必ず勝ち残って、ナヤルの名を受け継げますように」

「ありがとうございます」

セリノンは感謝の言葉を述べた後、君長の部屋を出た。
ナヤル派の本拠地へ向かいながら、
これからは継承式の準備に全力を注ぐべきだと思う。
 
ダン族には、モネド、フマ、シマ、ナヤル、クオン、アスペラ、ドシジョという
8つの門派がある。
師匠を中心に弟子たちが集まって門派を構成し、
その弟子の中から一人が師匠の名字を受け継いで門派を継承するので、
名字を持っているということは、その人が一門派の中心である師匠であり
門派の継承者であることを示す。
君長は門派の継承者たちの中から選ばれるので、
ダン族にとって継承式というのはとても重要な儀式の一つであった。

そして継承式は、門派を継承するという意味だけでなく、
その門派の師匠の葬式の意味も持つ。
一つの門派の師匠が年をとって引退する時期が近づくと、
彼は全ての門派の師匠の前で、自分の弟子に名字を譲ると宣言する。
師匠が決めた継承式の日に、その師匠と弟子が
賢者の隠れ家で命を掛けて戦うのが、門派の継承式だった。
君長を含んだ他の門派の師匠たちだけが参加できる継承式で
師匠と弟子は、相手を殺さなければならない。
相手に対する敬愛などは認められなかった。
自分の全ての力を発揮するのが、相手の実力を重んじることだった。

弟子がその師匠を倒すと、その翌日の夜明けに
師匠の死体を燃やし、師匠の名字を受け継いで
その門派の新しい師匠の座に就く。
もし、弟子が負けた場合には、師匠は自分を殺せる継承者が見つかるまで、
こんな継承式を繰り返すしかない。

他の種族から見れば限りなく残酷なこの継承式は
ダン族の価値観がよく分かるものだと、セリノンは思った。
生き残るためには、相手を殺すしかない…

「セリノン」

自分を呼ぶ声にセリノンが振り向く。
彼女の後ろに、ドシジョ派のカイが立っていた。

「何のこと?」

「師匠からのお呼びです」

ドシジョ派はライとディタが所属されているところだった。
たぶん今回の任務から帰ってこない二人の弟子に関して問われるだろうと思いながら、
セリノンはカイと一緒にドシジョ派の本拠地に向かう。

颯爽とした竹の木々の間に黒赤い柱が見える。
そして、そこには柱にもたれて笛を吹いているジン・ドシジョの姿があった。
ジン・ドシジョはセリノンが近づいてくるのを見て、笛を止めた。
カイがセリノンを応接室に案内した。
椅子に座ってしばらく待っているとジン・ドシジョが入り、セリノンの向こう側に座った。

彼は何も言わずに目を閉じて両手を合わし、ビクとも動かない。
セリノンはライとディタに関して聞きたくて自分を呼んだなら
早く質問せよと迫りたかったが、自分は弟子で彼は一門派の師匠だったから
ジン・ドシジョが自分に質問するのを待たざるを得なかった。

しばらくたってからジン・ドシジョは目を閉じたまま
セリノンに質問を投げる。

「ライとディタはどうなりましたか?」

「両名とも死にました。
ディタはハーフエルフの矢にやられ、ライは任務失敗の責任問われ死にました」

ジン・ドシジョが大きく目を剥く。

「ライに死で責任を取れと?」

「はい。シャドーウォーカーのルールはご存知ではありませんか。
私は原則に従っただけです」

「ライの死を確認しましたか?」

ジン・ドシジョの目つきは鋭くセリノンを向けていた。
ライの死を確認したわけではないが、セリノンはジャドールの魔法によって
ライは死んだと信じていた。
何のためらいもなく、確信に満ちた声で答える。

「ライは死にました」

セリノンの答えを聞いたジン・ドシジョは目を閉じて呻いた。
そんな彼を見てセリノンは理解できないという口調で問う。

「どうしてライの死をそんなに悼まれますか?
その子は最初から我らとは違いました。
むしろディタの死を悲しまれるべきではありませんか?
彼の父親もあなたの弟子でしたから」

「もちろんディタの死も悼んでいます。
だが、彼の寿命がそこまでだったし、私は心の準備をしていました」

「では、ライの寿命はディタとは違ったと仰るのですか?」

「ライは、死ぬ運命ではありません。
彼はデル・ラゴスで生まれましたが、運命はパルタルカに向いていましたから」

セリノンは呆れたように顔を横に振った。
ジン・ドシジョは8人の門派の師匠の中で、最も変人だと呼ばれた人物だった。
彼はパルタルカ内でもよく知られた変わり者だったので、
彼の弟子になろうとした者は数少なかった。
ディタとライが死んだので、彼にはカイを含めんでも、
もう10人の弟子も残っていないとセリノンは思った。

「とにかく、ありがとうございました」

ジン・ドシジョがまた目を開けてセリノンに告ぐ。

「ライが死んだとは信じにくいですが、
シャドーウォーカーのリーダーが嘘をつくはずないでしょう。
では、ごきげんよう…
後ほど継承式に伺います」

セリノンもジン・ドシジョに挨拶を述べ帰った。
セリノンが見えなくなった後、カイを呼んだジン・ドシジョは
今日はこれで休みたいから明日の朝まで誰も通すなと命じ、
自分の書斎へ向かう。
ドアを閉じて彼は自分の足元にある箱から
黒いガラスで作られた丸い皿をゆっくり取り出して机の上に置いた。

皿の中には水のように透明な液体が注がれていた。
ジン・ドシジョは懐から短刀を取り出し、自分の左手の平を斬る。
真っ赤な血が流れ、皿の中に落ちる。
ジン・ドシジョの血が液体の水面に触れた瞬間、
青い光が水面に現れ、文字を作り出した。
その文字をじっと見つめていたジン・ドシジョの口元に微笑が広まる。
第5話もお楽しみに!
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