自分がフロイオン・アルコンの殺人の濡れ衣を着せられる羽目になるという ベロベロの話を聞いたナトゥーは体から力が全部抜けてしまったような気がした。 ベロベロは自分の説明のせいで切望に落ちてしまったナトゥーを慰めようとした。
「全部終わってしまったとは思うんじゃないぞ。 フロイオン・アルコンは庶子ではあるが、支持勢力も相当あるし、 そんなに簡単に死ぬはずがない。 そうなるとその間はおぬしも無事だろうしな。 ここからいつ出られるのかは分からぬが、 少なくともワシよりは早く出られるはずだ。 それに人生と言うのは予想できぬことだらけだから、奇跡というのも期待してみなよ」
ベロベロの話を聞いたナトゥーは彼の話も一理があるような気がした。 もしかするとジャイアントとダークエルフの協約が早く結ばれ、 無事にここから出られるかも知れない。 ナトゥーは今から怯えるのはまだ早いと自分をたしなめながら、 ベロベロがここに閉じ込められた理由を聞いた。
「ジャドールがワシの宝石細工が気に入らないと行って、 国王が閉じ込めたね」
あてことも無い自分の事情を、ベロベロは他人事のように話す。
「ジャドール・ラフドモンをみたことがあるだろう? イグニスの第1宰相さ。たぶん、おぬしがダークエルフの国王を謁見した時に隣にいたはずだが」
「ええ、相当美女でしたね」
「美しいとも…それも致命的にな。 国王は彼女にはまってもうメロメロだ。 事実上、イグニスの全てがジャドールの手の中で行われていると言っても言いすぎでは無いだろう。 たぶん、ダークエルフの使節団を利用してジャイアントにプレッシャーを掛けようと企んだのも ジャドールのはずだ」
「イグニスが崩れるのも時間の問題ですね。 国王が情婦の掌の上で踊らされているとは…」
肩にある蝶のタトゥーとウェーブの黒い髪、アクアマリン色の瞳と艶やかな微笑みを浮かびながら ナトゥーは軽蔑紛れの感想を話す。 だが、ベロベロの意見はナトゥーとは違った。
「むしろジャドールのお陰でイグニスは強くなるはずだよ。 デル・ラゴスの2代国王であった、ペルケン・デル=ラゴスの場合は、 美女たちとの享楽にふけていたせいで弟に王座を奪われたが、 カノス・リオナンとジャドールはちょっと特別だね。 カノス・リオナンの貪欲とジャドールの知略がよく噛み合っている。 ジャドールをただの情婦と思うのは見縊りすぎることだよ」
ナトゥーはヒューマンの歴史にも詳しいベロベロの知識に驚きながら、 本当に彼がただの宝石細工職人に過ぎないかという疑問が起きた。
「他国の話はこれくらいにしておいて、こうやって合ったのも縁だしな、 お互いについて語ってみないか? ジャイアントとハーフリングがそんなに仲良かったわけでもないから お互いよく分からないことも多いだろうし、 知っていたとしても先入観に隠されていたことも多いだろう」
「俺は別に知りたいことなどありませんが…」
「そうかい? ワシはおぬしに聞きたいことだらけなんだけどな… ならおぬしはワシの聞くことに答えだけしっかりしてくれよ」
ナトゥーはベロベロの終わり無く続くようなおしゃべりには敵わないと思いながら頷いた。 だが、ベロベロは質問より、自分のことについて語るほうが多かったので、 ナトゥーは黙ってベロベロの身の上の嘆きを聞くだけだった。
「…で、一ヶ月も悩んでトパーズとルビーで子供の頭くらい大きいブローチを作って納品したら、 そのダークエルフの貴婦人の顔があまりにも喜びすぎでな。 その後ワシはダークエルフの貴族様の注文を受けて、 アクセサリーを作ったらお金持ちになったんだ。 ワシの名は段々有名になって、ダークエルフ王室で使われる 家具やティーセットも作ることになってさ。 だが豪華絢爛な物を作れば作るほど、何だか嫌になったのだよ。 それで、偶然にあるダークエルフ貴族の剣の柄を作ることになったのだが、 そのときやっと気づいたんだよ。 やはりワシには武器を飾る宝石細工のほうが似合うとな。 それで、最後の注文だけ済まして、アクセサリー職人は辞めようとしたんだが… その最後の注文のお陰でこの有り様だ」
「家族の方は、あなたがここにいるのを知っていますか?」
「いや、もう半年も過ぎたのだ… イグニスに行く途中モンスターに襲われて死んだと思っているんだろう」
お袋は俺がイグニスの地下牢獄に閉じ込められていることなど、 夢にも思っていないだろう… クレムにも何一つも言わずに来たし… 俺がダークエルフと関わりたくないからどこかへ逃げたんだろうと愚痴を言っているだろう。 忙しかったとしてもクレムだけには話しておいたほうがよかったかも知れないな。 アイツとは昔からの友達だから… 何も言わずに一人でここまで来て、牢に捕らわれたと知ったら 多分怒るだろうな。
「おぬし、頼みたいことが一つあるのだが… 聞いてくれないかね?」
「俺にできるかどうかは自信ありません。 いつここから出られるかもわかりませんし」
「おぬしとワシの間にある壁の隙間にワシが手紙を入れておいたのだ。 出られるようになったら、その手紙をカイノンにいるイェレナに渡しておくれ」
「何でいきなりそんなことを…」
その時ナトゥーの視野に、黒い兜のダークエルフの警備兵二人が入ってきた。
「おい、ハーフリングのじじ。 君に会いたいという方がおられる」
「そうかい? ワシと会いたいとは何のことだろうね」
ダークエルフは牢獄の扉を開き、ベロベロを出るようにした。 その時になって、やっとナトゥーはベロベロの顔を見ることができた。 堅い顔の細身のハーフリングだというナトゥーの予想とは違って、 丸い顔が雪のような真っ白な髭に覆われていて暖かい印象を与える。 ベロベロはナトゥーに向かってウィンクして、 自分を迎えにきたダークエルフの警備兵の後ろについて消えた。 ベロベロと黒い兜のダークエルフの警備兵が階段に登った後、 青い兜のダークエルフの警備兵二人が降りてきて、 見張りのために用意された中央のテーブルに座り、 酒を飲みながら喋り散らし始める。
「何で今日あんな決定が下されたんだろうな?」
「俺が知るか、ジャドール様が不機嫌だったのかもな」
「でもよ、半年もほっといたのに、急に殺すっておかしくないか? それにハーフリングの四大長老の一人だろう…?」
ナトゥーは変な予感がして、酒を飲んでいるダークエルフの警備兵に質問を投げる。
「おい、ハーフリングの四大長老の一人を殺すってどういう意味だ?」
自分たちに話を掛けてきたのがジャイアントだと知ったダークエルフたちは 聴かなかった振りをしながら、また話を続ける。 不吉な予感がしたナトゥーは牢獄の鉄格子を激しく揺すりながら叫んだ。
「今何の話をしているのかと聴いているんじゃないか!」
ダークエルフの警備兵の一人が嘲笑いながらナトゥーに反問した。
「でっかいさんよ、何かが欲しけりゃ、その代わりっていうのが必要だ。 世の中はそんなに甘くないよ?」
ナトゥーは指にはめていた金の指輪を外して、ダークエルフの警備兵に投げた。 ナトゥーの指輪を受け取った警備兵はその指輪を自分の親指にはめながら答える。
「つい先、牢獄からでたベロベロというハーフリングのじじさ。 ハーフリングの四大長老の一人、眉毛ミミズク長老だそうだが、 ここに半年閉じ込められて、結局くたばることになっちまったな。 先そのハーフリングを迎えにきた黒い兜の警備兵がその‘死の伝達者`なんだ。 彼らが訪ねるということは、すなわち死刑が下ったということよ」 | |