「偉大なるドラゴンの末裔カルバラの言葉通りだった。 キッシュは変わった」
腹を立てているドビアンを見つめながらカルバラ大長老は頷く。
「やっとカルバラの話を信じてくれるのか。 キッシュはかわったのだ。 偉大なるドラゴンの末裔としての誇りなど、すっかり忘れている。 下位神の創造物たちと手を組むべきだと考えておるとは。 そういうことはエルフのような臆病者だけに相応しいのだ」
「未だにドビアンが聞いた言葉が夢のようだ。 偉大なるブルードラゴンアルメネスの末裔であることを誇りにしていたキッシュが そんなに変わってしまうとは…」
鬱憤をこらえられなかったドビアンが拳でテーブルを打ち下ろした。 その衝撃でティーカップの液体が波となり溢れ出る。
「もしキッシュが偉大なるドラゴンの末裔の王位を継ぐことになると、 神を破滅させるおろかデカンの滅亡を招くことになるだろう。 だからこそ貴公が偉大なるドラゴンの末裔ペルディナント・ドン・エンドリアゴを継ぐべきである。 どんな手を使ってでも…」
カルバラ大長老はドビアンに、王を選出するために用意された5つの試合の中で、 先に3種の試合で優勝した者が王座を継ぐと説明した。 まだ試験の内容は決まってないが、ドビアンが勝ち取れるよう 自分が協力すると話も添えて。
「試合では最善を尽くそう」
「必ず勝ち取りたまえ。 偉大なるドラゴンの末裔であるデカンの未来は貴公の手にかかっている。 そのことを常に念頭せよ」
「承知した」
ドビアンが帰った後、カルバラは侍従たちに もし客が訪ねてきても留守だと言うよう伝えておいて自分の部屋に閉じこもる。 ドアを硬く閉じて、部屋に置かれているドラゴンの彫像に近づいた彼は、 誰か盗み見ているのではないかと疑うように慎重に周りを見渡す。 部屋の中には自分しかいないことを確認したカルバラは 自分が持っていた杖の上に付けられていた黒い水晶球を取りはずし、 ドラゴン彫像の右目の水晶球と入れ替えた。 するとドラゴンの右目になった黒い水晶球の中に渦巻く赤い霧が現れた。 その霧は段々広まり水晶球の外にまで流れでて、カルバラの部屋の中に満ちる。 部屋が真っ赤になったと思われた瞬間、大長老の後ろから声が聞こえた。
「お帰りになられましたか、カルバラ様」
カルバラ大長老が振り向くと赤い布を頭に被った男が一人 床に座って彼を見上げていた。 真っ赤な布の色が赤い霧と混ぜられ、 まるで赤い霧が男を呑み込もうとしているように見える。
「ドビアンがもうカルバラ様のことを信頼していましたか?」
「左様。 信じていた友が裏切り者になってしまったゆえ、 とても腹立っている。 だが、未だに心の底からは友のことを信じたいと思っているようだ」
「心配ご無用。 今日飲ませた茶が効果を発すれば、 そんな気持ちなど最初から無かったものと同然であります」
大長老は眉をひそめた。
「魔法でも使ったのかね?」
「くくくっ… ドビアンが飲んだ茶は全てを凍らせる魔法の水で作られたもの。くくっ… それを飲んでしまったら、友など道端の石ころに過ぎません」
「少々危険ではないか? 我々までそういうふうに考えられてしまったら…」
「私を誰だと思っているのですか? カルバラ様の忠実な呪術師、アドハルマではありませんか。 ドビアンが飲んだ茶は、たしか心を凍らせる魔法の水で作られましたが、 その中には目の前にいる人の言葉は信じさせる甘味料を入れておきました。 彼はカルバラ様に絶対服従するでしょう、くくくっ」
「なるほど」
大長老はアドハルマに近づいた。 彼の前で見下ろすと赤い布で覆われたアドハルマの下半身が目に入る。 悪魔の呪術に関わり過ぎたせいで、縺れてしまった両足。 そろそろ見慣れるころになったはずなのに、 大長老は眉を潜めながら目をそらした。 大長老の不便な視線にアドハルマは気持ち悪がるところか、くすくすと笑う。
「それでも足がこうなったお陰で、 カルバラ様がアルメネスを復活させるようになったのではありませんか くくくっ…」
「しっ!声が大きい」
「くくくっ… 心配なさらず。 ここは私の夢の中と同様。 誰もが好き勝手に入れるところではないと申し上げたではありませんか」
「用心が深くて悪いことは無いだろう。 それより準備は問題なく進んでいるかね?」
「もちろんです。 聖なる儀式のための準備は全て整っております。 残りはドビアンが玉座に座り、エルフ共をドラゴンアイから追い出すのみです。 そこからが私が両足を代価にして得た呪術を披露する正念場になるでしょう」
大長老は満面に満足げな微笑を浮かびながら言い出した。
「アルメネスさえ復活すれば… ロハン大陸を支配するのは神でなく、我々偉大なるドラゴンの末裔デカンになるはずだ…」 | |