静かに暖炉の前に座り、タバコを喫みながら本を読んでいたグスタフの耳に扉を叩く音が聞こえた。 グスタフは私の読書のための大切な時間を邪魔した者は誰であろうが、 ただでは済ませないと愚痴をこぼしながら扉を開けた。 しかし、彼の不愉快そうな表情は外に立っている訪問客を見た瞬間に驚きと喜びに変わった。
「やあ!久しぶりじゃないか!」
グスタフを訪ねて来た訪問客は被っていた青いマントのフードを取りながら返事をした。
「夜遅くにごめんなさい、グスタフさん。 読書を楽しんでらっしゃるはずだったのに…」
「何を言う!君なら何時でも歓迎だ! さあ、入りなさい」
グスタフの手招きに夜遅く訪ねた客は軽い会釈をしてから家の中に入ってきた。 彼に続いてマントを被った一人の子供も一緒に入ってくる。
「ガラシオンも一緒に来たのか! 親父の後ろに立っていたから気づかなかったな」
訪問客はガラシオンと呼ばれた幼い子供のマントを脱がしてあげながら言った。
「ガラシオン、グスタフさんに挨拶しないと」
「はい、お父さん」
訪問客をお父さんと呼びながら返事したガラシオンは、 両手を合わせて頭を下げ、グスタフにおじぎをした。
「こんばんは、グスタフさん。 お元気ですか」
「おう!おかげで元気にしているさ。 旅行は大変ではなかったか?」
「いいえ、父がいつも面倒を見てくれて旅行は楽しかったです」
グスタフは大声で笑いながらガラシオンの頭を掻き撫でた。
「ガラシオンはこの前会った時より随分と大きくなったな。 もう1年も経ったら俺やロレンゾよりもガラシオンの方が大きくなりそうだな!」
「息子が元気に育つ事こそが親にとって一番の幸せですよ。 そうなったら、神に感謝するだけです」
ロレンゾは暖かい目でガラシオンを見つめながら言った。
「さあ、長い旅にお腹も空いているだろうし、簡単に飯でもどうだ。 この時間だとどこへ行ってもみんな夢の中にいるだろうから、 うちにあるものでご馳走するしかないな。 マントは暖炉の横に掛けといてこっちへ来なさい。 ビッキーのキノコシチューには到底敵わないが それなりに美味しいものならいつも保管している」
ガラシオンとロレンゾはグスタフに招かれて彼のキッチンへ向かった。 暗かったキッチンは灯油ランプで火を付けると、灯火の黄色に染まった。 二人を食卓に座らせた後、グスタフはキッチンのキャビネットを漁りながら 素早く食事の準備に取りかかった。
暗闇の中で沈黙していたキッチンはかたりとお皿がぶつかる音、 湯気を出す薬缶の音、そして板を叩く包丁の音で忙しく息を始めた。 すぐに食卓の上には、燻製のシカの肉、みずみずしい野菜とキノコで作ったサラダ、 チーズがたっぷり入った熱いスープ、そして芳しい蜂蜜茶が備えられた。 グスタフは食卓の片隅に座りながら、二人に食事を勧めた。
「簡単な食事だが、腹ごしらえにはなるだろう」
「いいえ、すごいご馳走です。 いただきます」
ガラシオンとロレンゾが食事を始めるのを見ながら グスタフは微笑ましい笑顔を浮かべた。 しばらく彼らの食事する姿を見つめていたグスタフが口を開いた。
「今回の旅で収穫はあったか」
ロレンゾは少し考えこんだ後、首を横に振りながら言った。
「いいえ。北にあるほとんどの村を訪ねたけれど、 エルフを捜す事すら至難でした。 もしやと思い、他の種族にも聞いて見たけれど、知っている人はいなかったです」
「容易くはない仕事だろう。 最早35年も前の事だからな…。 だが、きっと妹も君の事を捜しているはずだ。 元気を出せよ。いつか会える日が来るさ。」
「はい、必ずそうであってほしいです。 考えてみれば奇跡的に生き残っているのは妹ではなく、私の方です。 私がオーク達に連れて行かれた時だって妹は母の懐に隠れて生き延びたのですから。 近くにマレア神殿があったからきっと司祭達に助けてもらった事でしょう。 むしろ、妹は私が生きているとは夢にも見ないでしょう」
「オーク達に拉致された人が伝説の精霊ライネルの助けで 脱出し、育てられるとは。 実際見ている俺も信じ難い事実だからな…。 それで、これからどうするつもりだ?」
「ここで何日間泊まりながら薬の材料として使える薬草を採取し、 次の旅のための準備を整えようと思っています。 その後、カイノンを経由してエルス港に行くつもりです」
グスタフは少し眉間にしわを作り、心配げな声で言った。
「カイノンには寄らない方がいいと思う…」
「何かあったのですか?」
「カイノンに滞在しているエレナからたまに連絡が来るが、 一昨日に届いた手紙によると、近いうちにハーフエルフの軍長である ゾナト・ロータスの結婚式が行われるらしい。 その結婚式が終わるまで、出来ればカイノンには来るなと書いてあった。 いったい何が起きているのかはわからないが エレナの情報はいつも正確だ。気をつけたほうが良い。」
「なるほど…。しかし奇妙ですね。 お祭りであるはずの結婚式で身を案じなければならないとは…」
「最近、カイノンで結婚式をあげていたハーフエルフの新婦達が 次々と殺された事からそうなったようだ。」
ガラシオンとロレンゾは驚いて食事を止め、グスタフを見つめた。
「ハーフエルフの新婦達が殺されるなんて… どういう事ですか?」
「うむ… 北の方にはまだ知られてないようだな。 何週間か前、ハーフエルフ達の結婚式で新婦達が凄惨に殺された。 誰の仕業かはわからないが、腹に大きな穴を開けられ ウェディングドレスを血に染めて死んでいったようだ。 近寄った人もいなかったのにやられたというのは、明らかに魔法の力だろう」
「誰がそんな残忍な…」
「分からん。 ただ、全部で5人も新婦が殺されたのだ。 ハーフエルフ達がじっとしているわけがない。 ガラシオン、スープのお代わりはどうだ。」
グスタフの訪ねにガラシオンは首を横に振りながら大丈夫と言った。
「いえ、お腹いっぱいです。どうもご馳走様でした。 久しぶりに食事らしい食事をした気がします。 本当に美味しかったです」
「それはよかった。口に合わないかと心配したぞ…。 夜も深くなったな。疲れているだろし今日はもう休んだほうがいい。 2階の西側の部屋が空いているから、その部屋を使うといい。 それと、何日か滞在すると言ったが、うちに泊まるといい。 人の出入りが激しい宿屋では、落ち着かないだろうからな。」
「ありがとうございます。 ところが、東側の部屋には患者さんがいますか?」
「ああ、そうさ。その患者を君に頼むところだった」
「なんの病気ですか?」
「病気ではない… 呪いだ。」 |