「あれ?大神殿に戻ったのでは?兄上」
家に帰って来たエドウィンは母と話をしているジフリットを見て、嬉しそうな顔で聞いた。
「違う。父上と母上に知らせる事があってちょっと寄っただけだ。
今から帰るところだ」
「今度、お父さんが国王陛下の命令を遂行しに行く時に
ジフリットも同行する事になったらしいわよ」
バルタソン男爵夫人は自分の息子が夫と一緒に行くという事で
安堵を感じているようだった。
「よかったら馬車のところまで見送ってもらえるか?
坂の上で待っているはずなんだ。
君の顔だけ見て帰るのも少し寂しいからさ」
ジフリットは執事にマントを着させてもらいながらエドウィンに言った。
エドウィンは喜んでそれに応じ、兄弟一緒に家を出て、馬車が待っている坂に向かった。
「なんで馬車を坂の上に停めてあるんだ?家の前まで来てもらえば楽なのに」
「大神殿の存在を家にまで近づけたくないんだ…
家では君の兄であり、父上と母上の息子でいたいからさ」
エドウィンは理解したかのように頷いた。
「母上には、国王陛下の命令でシュタウフェン伯爵の城を
襲いに行くとは言わない事にした。
気の弱い母上にはあまりにも衝撃が大きいだろう。
同じデル・ラゴスの貴族を処罰するというのは
辺境で山賊をやつける事とはまた違うからな」
「父上がもう教えになったのでは…」
「母上に黙っていることは、父上自身が望んでいた事だ。
だからエドウィン、君も母上に何か聞かれたら、
小さい辺境の村を助けに行くと言ってくれ。
あ、父上には俺から君が同行したがっていると伝えておいた。
父上は喜んで承諾してくださったぞ」
夜空には星がきらめいて、月は星たちの間をゆっくり進んでいた。
聞こえるのは風の吹くままにしなる草葉の音と、
小さい虫たちのか弱い鳴き声だけだった。
「しかし、君は一日中図書館で何をしていた?
お昼には帰っていたのにずっといなかったから…
母上に聞いてみたら図書館に行っていたらしいじゃないか」
「調べたい事があって国立王室図書館に行っていたけれど、
結局、何も捜せなかった」
「何を捜していた?」
「へルラックの予言書」
急にジフリットが止まった。
エドウィンは、気まずそうな表情でジフリットを見つめていた。
「エドウィン」
ジフリットは緊張した顔でエドウィンに静かに言った。
「もしかして、君がヘルラックの予言書を捜しているという事を知っている人はいるか?」
「いや、図書館で司書に捜してみてほしいと聞いた以外には、
誰にも言った事ないけれど・・・どうした、兄上?」
「司書だけなのは確かか?」
エドウィンは首を縦に振った。
ジフリットの額にはいつのまにか汗が浮いていた。
「よく聞け、エドウィン。
絶対それを捜そうとするな。
特にデル・ラゴスの中で君がそれを捜そうとしているという事を誰にも言ってはいけない。
分かったか?」
「兄上は… もしかして、ヘルラックの予言書に関して何か知っているのか?」
ジフリットはエドウィンの両肩を強く握りながら言った。
「もうヘルラックの予言書という単語を口にしないと約束してくれ、エドウィン」
「俺がそうしなければいけないもっともな理由を教えてくれないと約束はできない」
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