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第六章 嵐の前夜 第11話-1 09.06.17
 


 

 

 

灰になった戦場に足を踏み出した瞬間、キッシュは奇妙な寒さを感じた。

 

「霊魂でも彷徨っているようだ」

 

目に移る光景は燃え切って灰になった木々の痕跡だけだ。
黒くなった木はそっと触るだけで、灰になり壊れてしまいそうだ。
見上げた空は今にも落ちてきそうな濃い灰色の雲で埋めつくされていた。
聴こえてくるのは岩の隙間を通り抜ける風の音だけ。


キッシュはゆっくり歩きながら休める場所を探してみたが、
いくら歩いても灰だらけの死んだ風景ばかりが続いた。
ようやく岩の間で小さい泉を見つけ、荷物を降ろした。
監督官がキッシュとドビアンに所持することを許可したものは、
試験の規則について説明しながら渡した大きな袋一つと、
つけていた腕輪だけだった。監督官は袋の中には試験に必要な物は
全部入っている為、他は何も所持することが出来ないと強調した。
キッシュは泉から水を手ですくって飲んでみた。

 

「まずい…変な味だ」

 

キッシュは手の甲で口元を拭いながらつぶやいた。

苦い味がするが、飲めないわけではないと自分に言いながら石に腰をかけ、
持ってきた袋を開いてみた。中には小さな短剣とフード付きマント、
小さなパンがひとつだけあった。パンは一食で終わりそうな小さいものだった。

今一番必要なものは水と食糧だ。いつまで泊まるか分からないので、
まだ余裕がある今のうち水と食糧を確保しなければならない。
キッシュは短剣をベルトにつけ、立ち上がった。
生き物が何一つ見当たらないここで狩りができるか自信はないが、
そのまま待っても何も変わらない。


周りを見回ったキッシュはマントをかけ、持ってきた袋を短剣で切り始めた。
できる限り細長く切った布をまとめてベルトに巻きつけた。
最後の一枚は今いる場所にある木の枝に締めつけた。
しばらく歩いて、先ほど締めつけた布が見えないくらいのところまでくると、
腰に巻いておいた布をほどき、近くの枝に締めつけた。
内心、どこで迷っても同じではないかと思ったが、
枝に布で目印を付けるのをやめなかった。
5番目の布を締めつけるまで生き物は見当たらなかった。
予想より厳しい環境だとわかった。


その時、後ろに怪しい気配を感じて、短剣を引き出しながら後ろを振り向いた。
10歩離れたところには白くて薄いベールを被ったデカン族の女性が座っていた。
地面まで広がったベールと女性はうつむいているため、顔は見えなかった。
鞘に短剣を収めようと思ったが、こんな場所に女の人が一人で座っていることは
怪しいと思ったので短剣は握ったまま彼女に近づいた。
彼女は両手を合わせたまま、少しも動かなかった。
一歩ぐらい離れている所で膝をつきながら彼女に声をかけた。

 

「…こんな所で何をしているんですか?誰ですか?」

 

キッシュの声が聞こえなかったのか、うつむいたまま何もしゃべらない。

しばらく待ってからもう一度聞こうと思った瞬間、彼女が口を開いた。

 

「もう…私のこと…忘れましたか?」

 

その声が聞こえた瞬間、短剣を握っていた手が震え始め、
キッシュの顔は真っ青になった。長い間忘れようとしたが、
一瞬も忘れることができなかった声だったからだ。

 

「そんなはずが…」

 

立ち上がろうと思ったが、縛られたように体が動かなかった。

 

「もう…忘れてしまったんですか?…私のこと…」

 

彼女はゆっくりと顔を上げ始めた。
キッシュにはそれが永遠のように感じられた。
彼女が完全に顔を上げ、その瞳と目が合った瞬間、
キッシュは心臓がちぎれるような痛みを覚えた。
青く光る肌に夜の海のような青黒くて長い髪の毛、ルビーのように赤い瞳、
バラ色の唇…ベールから見える彼女の顔はこの世のものじゃないようにきれいで美しくて、
キッシュはもっと辛かった。

 

「お前は死んだはず…ど…どうして…ナルシ…」

 

キッシュは心臓の痛みをこらえ、息が詰まりそうになりながら口を開いた。
彼女の名前を口にする事自体が耐えられないほどの苦しみだった。
彼女はそっと微笑みながらささやくように言った。

 

「そうです。私は死にました。でも…」

 

彼女は両手を胸の前にそろえたまま立ち上がった。
被っていたベールは風に吹かれヒラヒラとなびいた。
彼女は胸にそろえた両手をゆっくりと下へおろしながらしゃべった。

 

「帰ってきました…地獄から」

 

突然の強い風に、ベールが誰かから引っ張られたように激しい勢いで
空へ飛び上がり消えた。そしてはっきり見えた。
彼女が手で隠していた胸に開いている大きな穴が。

 

 

第6章11話-2もお楽しみに!
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