しばらく夜空の月を見ていたシュタウフェン伯爵は
自分の部屋に戻り、鎧を装備した。
最後に腰に剣と鞭を固定してから伯爵は
ヘルメットを片手に持ち、城の地下へと向かった。
地下の巨大な倉庫を通り過ぎ、長い廊下を歩いて行くと、
大きな錠前で硬く閉じられた扉が窓から入ってくる
月の光に照らされてその姿を現した。
伯爵は首に掛けていた鍵で、錠前を開けた。
厚い鉄の門が開かれると、深い地下まで響き渡る奇怪な喚き声が聞こえた。
しばらくの間、扉の前で苦しい表情を作っていた伯爵は、
深呼吸をすると固く決心したように泣き声が聞こえてくる場所へと向かった。
地下に繋がる螺旋階段を降りれば降りるほど、
泣き声はどんどん大きくなるようだったが、急に静かになった。
階段を全部降りると、壁に掛けられているトーチで炎に照らされたさびた
格子でできている監獄が目に入った。
伯爵はさびた格子向こうの闇の中をしばらくの間、黙って見つめていた。
闇の中から二つの緑色に輝く瞳が現れ伯爵をにらみつけた。
伯爵は格子の前へと一歩近づいた。
「オーウェン…」
急に大きな泣き声が上がってから格子に巨大な物体が飛び掛ってきた。
‘ガタン’という音が鳴りながら地面が揺れた。しかし伯爵は
格子の向こうで泣き叫ぶ巨大な生命体を見つめるだけだった。
監獄に閉じ込められているそれは人ではなかった。
鋭い歯を剥き出しにしながら、荒く泣き叫ぶのはワーウルフだった。
そのワーウルフが人間であったということを、
首に掛けられている大きい太陽模様のペンダントが
付いているネックレスが物語っていた…
「オーウェン…我が息子よ…結局こうなってしまったな」
伯爵は沈痛な口調でつぶやいた。
自分を殺すかのように睨み付けてくるワーウルフを見つめてから、
伯爵は振り向いて壁へと近づいた。
壁を手でたどっていくと途切れたところに、大きな洞窟が現れた。
果てしない闇で満ちている洞窟はどこかに繋がっているようで、
外の空気のにおいがした。
伯爵はまた格子の前に戻ってきた。
手にしていたヘルメットを被って片手には鞭を持って、
空いたもう片方の手で鍵を持ち、監獄の扉を開けた。
扉がj開くと、ワーウルフは外へ飛び出て伯爵に襲いかかろうとした。
伯爵は手に持っていた鞭を振り回した。
恐ろしく振り回される鞭にびっくりしたのか、
ワーウルフは少したじろいだ。
伯爵は続け様に鞭を振り回してワーウルフを
壁の裏に隠されていた洞窟へと追い詰めた。
ワーウルフは泣き叫びながら鋭い鞭打ちから避けようと後ろに逃げた。
やがて洞窟の中へとワーウルフを追い詰めた伯爵は
隣に掛けられていたトーチを掲げた。
それと同時に途切れていた壁は轟音と共に一瞬で閉じてしまった。
ワーウルフは洞窟の中で、閉ざされた壁を叩きながら泣き叫んだ。
伯爵は掌を壁につけて静かにむせび泣いた。
「オーウェン、早く逃げろ。誰にも捕まらない所に行くのだ。
お父さんが少しでも時間を稼いでみるから早く逃げなさい」
しばらく壁を叩いていたワーウルフは結局諦めたのか、
洞窟の中へと歩き出したようだった。
シュタウフェン伯爵は涙を拭いて螺旋階段を上った。
地上にたどり着いた彼の顔にはもはや涙はなかった。
伯爵は外に出て、自分の命令を待ちながら待機している兵士達に言った。
「私、ギルトロイ・シュタウフェンは、息子である
オーウェン・シュタウフェンを生け捕りにし、
アインホルンへと送れという国王陛下の命令に逆らい、
ただいま息子を城外へと脱出させた。
いま城外には国王陛下の命令に従い、
私を処罰するために軍隊が攻撃準備を整えている。
私はこれから息子が少しでも遠くまで
逃げられるように時間を稼ぐつもりだ。
しかし、これはあくまでも私の過ちによるもの。
私は君たちに犠牲を強要したくはない。
だから朝が来る前にみんな城を離れろ。
これが私からの最後の命令だ」
言葉を終えたシュタウフェン伯爵は振り向いて立ち去ろうとした。
しかしその瞬間、大勢の声が飛び込んできた。
「その命令には従えません!」
「私たちもここに残ります!」
「伯爵のために戦います!」
伯爵は振り向きもせずに言った。
「私は君たちが無駄に命を落とすのは見たくない。早く立ち去るのだ!」
兵士の一人が大きい声で叫んだ。
「伯爵は飢え死にするところだった私たちを助けてくれました。
その恩を返す事もまだできていません。
人であれば死ぬ前に命の恩人に恩を返すのが当然ではないでしょうか?
生死は全て運命です。ここを離れて浅ましく生き延びたくはありません。
命をかけて戦って、伯爵に恩返しをさせてください!」
「ここに残ることを許してください!」
兵士達が一つになって叫ぶと、
伯爵は黙ってその場から離れた。
兵士達は夜明けと共に戦闘が始まるということを知っていたので、
急いで防衛のための準備を整えた。
深い夜、闇の中でふいごは暑い熱気を噴出しなから、
その火の強さを高め、槌で叩く音、鉄を締める音が城中に響き渡った。
いつの間に夜空は西の山に隠れようとしていた。