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第七章 破られた時間 第15話 09.11.04

 



「軍長、本当に大丈夫ですか?」

 

セルフが心配そうな顔でゾナトスに聞いた。

ゾナトはローブを上げ、中に着ている‘ゼロス’をみせながら答えた。

 

「エレナさんが作ってくれた魔法を弱化させる鎧まで着ているから、大丈夫。

もし、何かあっても犯人を捕まえることができればそれで十分だ。」

 

「僕はカエールの予想が外れるのではないか心配です」

 

「いや、僕は彼の言う通りだと思う。犯人はハーフエルフの中に入り込んでいるはずだ。

いろいろ考えてみたんだけど、カエールの推理が正しいと確信したんだ。」

 

ドアが開きアリエが入ってきた。

 

「準備が終わりました。軍長、大きな木の下でみんな待っています」

 

「何人ぐらい集まっている?」

 

「ほぼ全員のようです」

 

セルフが驚いたように聞いた。

 

「ほぼ全員?カイノンのハーフエルフがほとんど集まったってことか?」

 

「ええ、正直言って人が多くて犯人が行動する前に捕まえられるかどうか、ちょっと心配だわ」

 

セルフが不安を隠せず、ゾナトの方を向いた。

 

「僕はお前らを信じている。心配ないさ、出来るぞ」

 

ゾナトはセルフの肩をたたきながら、ドアに向かって歩き出した。

 

「さあ、あまりお客さんを待たせるのも悪いから、そろそろ出ようか?」

 

アリエがドアを開けてくれた。

ゾナトは外に出て、カイノンの東の入口へ歩いた。

セルフは軍長の後ろをついて歩きながらカイノンを見回った。

アリエの話通り、ほとんどのハーフエルフが軍長の結婚式場に行っているのか、

いつも賑わっていたカイノンは静かで人影もなかった。

 

ゾナトが東の入口から出ると、

エレナがたくさんの荷物を乗せたロバと道端で待っているのが目に入った。

 

「何かありましたか?」

 

ゾナトが驚いてエレナに聞いた。

 

「申し訳ございません。軍長の結婚式で一緒にお祝いしたかったですが、

急用ができてしまってリマに戻ります」

 

「こんなにいきなり出発するとは思わなかったのでちょっと慌ててしまいました。

用事が終わりましたらもう一回戻ってくださいませんか?」

 

エレナは笑顔で答えた。

 

「いつになるか分かりませんが、今のように歓迎してくださるなら後で来ます」

 

「もちろんいつでも歓迎です。」

 

「ありがとうございます。結婚、おめでとうございます。…ではまた」

 

エレナは挨拶をしてロバと一緒に立ち去った。

エレナの姿が見えなくなるまで見送ったゾナは急いで式場へ移動した。

 

そよ風がやさしく3人の顔に吹いてきた。

木の上に止まっている鳥はそれぞれの歌を歌っている。

葉っぱの間から差し込んでくる日差しに葉っぱや花びらに朝方溜まった露が光っている。

 

「もうすぐだな。ここからは僕一人で歩いていくから、お前たちは決めた場所で待機してくれ」

 

アリエとセルフは頷いて右と左へ走っていった。

ゾナトは2人の姿が消えるのを確認して、音楽が聞こえる方向へゆっくり歩き出した。

巨大な木が見え始め、木の周りに集まっている人々が目に入った。

ほとんどのハーフエルフたちがリマ地域で傭兵として活動しているのにもかかわらず、

軍長の結婚をお祝いする為に集まったハーフエルフは多かった。

 最初のハーフエルフであるレッチェル・カルテンと一緒に
ハーフエルフの街を作る計画を立てた時は、たった30名に過ぎなかった。

アインホルンから離れて今のカイノンに定着するまで10年が必要だった。

レッチェル・カルテンも計画の途中でモンスターの攻撃により亡くなってしまった。

当時を振り返ってみれば、今こんなに大勢のハーフエルフが集まっているのが夢のようだ。

 

レッチェル、見ていますか?こんなに大勢のハーフエルフが集まっています。

僕たちが夢で描いていたハーフエルフの街、カイノンが

もうアインホルンやヴェーナと比べても負けない大きな都市まで成長しました。

毎日のように大陸のあちらこちらからハーフエルフがカイノンに来ています。

生まれた2代目のハーフエルフがいつの間にか成人式を迎えています。

この光景を一緒に見ることができたらよかったのに…

 

ゾナトは目頭が熱くなるのを感じたが、

木の上に身を隠しているカエールが目に入って、やっと感情を抑えることができた。

今は罪のないハーフエルフの命を奪い続けている悪質な犯人を捕まえることが最優先だ。

 

木の下には結婚式の為の小さい舞台が設けてあって、

台の上には綺麗に着飾ったバナビーが待っていた。

バナビーは微笑んでいたが、ゾナトには彼女が笑顔の下に隠している不安が伝わってきた。

 

「どうか予想通り、新婦じゃなくて僕を狙うように…」

 

予想が外れてバナビーが殺害されたら、自分は耐えられないだろう。

昔、ハーフエルフ達の街を探して大陸を探検していた時からバナビーはゾナトの妻だった。

しかし、ゾナトがハーフエルフの代表になってから、バナビーは軍長の妻という立場のせいで
いろいろな拉致や暗殺の脅威にさらされるようになった。

ゾナトは彼女の為に離婚を決心した。

大体のハーフエルフがゾナトを非難したが、彼女だけは彼の心を分かってくれて、

彼の為に離婚に同意した。

その後、何人かのハーフエルフからプロポーズを受けたが、彼女は全て断り続け、

ゾナトの友達として、政策への助言者としてそばにいてくれた。

ゾナトが今回の計画について彼女に相談した時も、

偽造婚式の新婦の役をやることを彼女から言い出した。

ゾナトも最初は反対したが、計画は可能な限り少ない人でないとダメだと

彼女に口説かされた。

 

ゾナトは台の上にあがり、バナビーの頬に軽くキスした。

ハーフエルフたちは歓声をあげながら、喜んでくれた。

 

「ゾナトとバナビー、二人の幸せの為に!乾杯!」

 

誰かの大声に、ハーフエルフ達は手にしていたコップを高く上げながら乾杯を叫んだ。

誰かが‘ベール飛ばしの時間だと大きく叫んだら、歓声の声は一層大きくなった。

木の上に身を隠していたカエールの手には緊張が高まった。

新婦が殺害されたのは‘ベール飛ばしをする時だったのだ。

今回も‘ベール飛ばしの時に犯人が動く可能性が高いだろう。

まだ怪しい動きは見当たらない。

犯人の逮捕も重要だけど、予想より多くの人が結婚式に集まっている為

周りの人を傷つけずにできるか心配になった。

落ち着くように自分自身に声をかけながら、息を整えた。

 

バナビーが台から降りた。

台の上に立っているゾナトの目はバナビーの動きを追いかけていた。

バナビーが止まって、ベールを手にした。

ベールを握った手を高くあげ、ベールを飛ばすのに十分な風が吹いてくるのを待ち始めた。

まだベールを飛ばすには、風が弱い。みんなの視線はバナビーのベールに集まっている。

みんな息まで抑えて静かにベールが飛ぶ時を待っていた。

風がどんどん強くなり、ベールが風にひらひら揺れ始めた。

バナビーは自分が待っていた風が吹いてくると、ベールを握っていた手を開いた。

ベールがバナビーの手先から離れ風に乗る瞬間、

誰かこっそり袖の中からワンドを引き出すのがカエールの目に入った。

 

全ては一瞬の出来事だった。

 

「グウッ」


「キャー!」

 

カエールの石弓から離れた矢は、風を切る鋭い音を出しながら

ハーフエルフの中に隠れていたエルフの右肩に突き刺さった。

エルフの苦しいうめき声に驚いた人々が悲鳴を上げた。

カエールは素早く木から降りて倒れているエルフに近づき、顔に弓で狙いを定めた。

少しでも怪しい動きを見せたら、ただちに射抜くつもりだった。

 

周りを確認すると倒れたエルフが3人いた。

そして、台の上にはゾナトが倒れていた。

 

 

第8章1話もお楽しみに!
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