「さあ、これからどうすればいいんだ…」
セルフは意識を失ったまま、ベッドの上に横になっているゾナト・ロータスの顔を見ながら
独り言のようにつぶやいた。カエールは何も言わなかった。
まさか犯人が三人もいるとは思いもしなかった。
カエールは結婚式の前日にセルフとアリエに犯人は二人だと言ったのだ。
「リリーとメイが同時に命を奪われた。それは殺人犯が二人だということを意味する。
明日、軍長の結婚式には必ず二人とも来ると思う。だから一人を捕まえたとしても安心してはいけない」
しかしカエールの予想は外れた。人々の中に身を隠していた殺人犯は三人だったのだ。
カエールが最初の攻撃者に気がついて阻止した後、セルフとアリエもそれぞれ一人ずつ見つけて
捕まえることが出来たが、セルフとアリエが見つけたのは既にゾナトが攻撃を受けた後だったのだ。
二人はカエールが捕まえた最初の攻撃者が失敗した場合のバックアップとして準備していたのだった。
ゾナトは‘ゼロス’を着ていたのにもかかわらず、二人同時の魔法攻撃には耐えられず、
意識を失ってしまったのだ。
「もうすぐ軍長の意識も戻るでしょう」
隣でゾナト・ロータスを介護していたバナビーが静かに話しだした。
彼女の声は小さくて落ち着いていたが、自信に満ちていた。
バナビーはカエールとセルフを見ながら話した。
「だから、私達は、信じて待っていればいいです」
カエールとセルフは何も言えずにうなずいた。
バナビーはゾナト・ロータスの手を握りしめながらしゃべった。
「軍長の意識が戻るまで殺人犯の処理は保留した方がいいと思います。
この事件は、エルフ達に正式に抗議するべきだと思います」
「了解です。私達は他のハーフエルフが彼らを攻撃して話が厄介にならないように監視します」
カエールの言葉にバナビーは静かにうなずいた。
ゾナトを介護しているバナビーを後にして、二人はエルフのいる監獄に向かった。
監獄といっても、彼らが監禁されているのは普通の古い空き家だった。
窓は全部閉じ、出入り口には鉄格子をはめて、罪を犯した人を隔離する空間として使われている。
入口ではアリエと警備兵が興奮したハーフエルフ達を鎮めようと頑張っていた。
怒りを覚えたハーフエルフ達は警備兵を押しながら叫んでいた。
「人殺し!そんなことをして自分だけは無事だと思ったのか!」
「お前らも彼女達の痛みを味わえ!」
「高潔の振りをしていたくせに、やることはモンスターじゃないか!」
人々を抑えようとしていたアリエはカエールが近づくのを見て助けを求めた。
カエールはアリエの隣に行って大きな声で話し出した。
「皆さん、俺の話を聞いてください!」
人々は叫びを止めて、カエールの次の話を待った。皆の目には怒りが帯びていた。
「皆さんが怒るのも十分分かります。
俺自身も怒りが収まらなくてどうしようもない状態です。
俺も皆さんのように犯人たちに自分の手で罰を与えたいと思っています」
誰かが大きな声を出した。
「今すぐ殺しちまえ!」
皆同意しているようにざわめいた。
カエールは首を横に振りながら、落ち着いた声で、しかし力を入れてしっかりと言い始めた。
「いいえ。犯人の処罰に我々の手を汚す必要もありません。
あのエルフ達は同じエルフによって、処罰を受けるべきです。
正式にヴィア・マレアにあいつらの犯罪について処罰を要求し、全てのエルフに認識させるべきです。
これ以上、ハーフエルフはエルフの副産物ではなく、独立した存在だということを!
種族間の抗争として今回の殺人事件について講義し、
ヴィア・マレアだけではなくロハン大陸の全種族に、我々が何かに属しているわけではない、
独立した存在と分からせることができると思います!」
カエールの話が終わる頃には誰も何も言わなくなった。
みんなうなずきながらカエールの意見に同意しているようだった。
監獄の前に集まっていた人々が一人、また一人と去り始めた。
監獄をずっとにらんでいた最後の男の姿が見えなくなってから、やっとアリエは安堵のため息をついた。
「ご苦労様」
カエールはアリエの肩を抱きながらささやいた。
アリエもカエールに寄りかかりながら疲れた声で答えた。
「カエールが来てくれて助かったわ」
「後は俺に任せて家で休んだほうがいいよ」
アリエはカエールに軽くキスして家へ向かって歩き出した。
カエールはアリエを見送ってから、セルフと一緒に監獄の中に入った。
それぞれ包帯を巻いた3人のエルフが目を閉じたまま膝ついて祈りを捧げていた。
あまりにものんきな彼らの姿に腹が立ったセルフが壁を激しく蹴り上げた。
カエールも自分を抑えるように頑張りながら、彼らの様子を見ていた。
しかしエルフ達は気にしないように祈っていた。
「あなたたちに聞きたいことがあります」
カエールが監獄の中に流れていた沈黙を破り、口を開いた。
セルフはカエールの声に少し驚いた。
冷静に聞こえるが、いかにも大きな怒りが感じられた。
エルフ達にも聞こえたのか、目を開いてカエールに視線を合わせた。
「まず…あなた達は誰ですか?」
丸顔に長い金色の髪を一つに結い上げたエルフが答えた。
「私はルネタ・モース、こちらはガビエル・アルジナ、そしてこちらはベルナス・ベニチだ」
自分をルネタ・モースだと紹介したエルフは傲慢な顔だった。
彼女の左足には包帯が巻かれていた。
彼女の隣に座っているベルナス・ベニチが右肩に包帯を巻いているのを見て、
自分が捕まえたエルフだと分かった。
その隣に座っているガビエル・アルジナは左手の包帯を触っていた。
三人ともカエールと同じくらいの年に見えるが、彼らがまだ成人式もやっていない子供だと分かった。
エルフとハーフエルフは見た目ではほぼ似ているが、エルフはハーフエルフより成長速度が速い。
エルフは15歳になると外見では大人にみえるのだ。そして、100年間は外見が変わらず、
100年が過ぎてから徐々に老けていくのだ。
カエールは目の前でずうずうしい顔をしているエルフ達が16、17歳程度の若い連中だと分かった。
彼らは謝罪の言葉一つもなく、平然とした表情でカエールたちを見ている。
セルフはそんな態度に怒りが抑えられずに壁を蹴り続けている。
カエールの次の質問にセルフも動きを止めて耳をすませた。
「なぜ、結婚式場で新婦たちを殺しましたか?」
三人は互いの顔を見るだけで、話をしない。
カエールは軽蔑する顔で彼らを見下ろしながら開いた。
「お前らの神が指示でもしたのか?」
「そうだ」
カエールのひねくった質問に答えたのはベルナス・ベニチというエルフだった。
短い金髪の下に見える緑色の瞳は自負心で輝いていた。
「マレア様が現れて、おっしゃってくださった。
エルフの血が混ざっている不完全な存在を消せと。半分のエルフ、お前らのことだ」