ライネル川の中流にあるアルマナ荘園は、モンスターに占領されたレゲン奪還のために
エルフとヒューマンが連合し交流が急激に増えたため、260年に建てられた。
一つの貿易都市としての役割で、地理的にはヴィア・マレアの管轄のため、
荘園の管理もヴェーナから派遣されたエルフで構成されていた。
アルマナ荘園の最高責任者は、ロザリオ・ベニチだった。
彼はシルラ・マヨル・レゲノンの命令で荘園に派遣され、
たった一つの家族であるベルナスを連れてアルマナに赴任した。
長い間、徴税や裁判などいろいろな行政業務をうまくこなしてきた。
しかし、アルマナ荘園を管理することは容易なことではなかった。
ヒューマンとエルフが共存する場所で、ハーフリングやハーフエルフのような第3種族が訪問することもある。
様々な種族が共存するため、予想不可能な複雑な問題が発生し続け、
ロザリオ・ベニチは仕事に追われる日々を過ごしていた。
アルマナ荘園の業務以外には時間の余裕は全くなく、
息子ベルナスの教育は家庭教師に任せるしかなかった。
息子と過ごした時間がほとんどなかったので、ベルナスが行方不明になったことを聞いて、
やっと息子がもう子供ではないことに気が付いた。
ロザリオは家庭教師から渡されたベルナスが残した手紙を読んでいると、
見知らぬ人から送られてきた手紙を読んでいるような気がした。
ベルナスの手紙には自分は神から授かった命令を実行するため、
ルネタ・モース、ガビエル・アルジナと一緒に旅立つと書いてあった。
一緒に旅に出たメンバーの名前も、家庭教師から説明を聞いて息子の友達だと分かった。
息子の顔を思い出そうとしたが、自分が思い出せる顔はアルマナ荘園に着いた頃の
幼い息子の顔だけで、手紙を書いた息子の顔は分からなかった。
数十回繰り返して読んでも息子が何を考えていたのか、何処へ向かっているのか何も分からない。
ベルナス・ベニチという息子が実在していた人物かどうか自信が持てなくなるくらい、
息子について何も知らなかったのである。
人に頼んで息子の行方を捜してみたが、1ヶ月が経っても手がかりはみつからなかった。
昼間のロザリオは忙しく業務をこなしていたが、
夜になると息子の部屋に入って息子が残したものを見ながら息子のことを考えていた。
息子が読んだ本や書いた詩を読んでいるうちに、大人になったベルナスは
自分が覚えている金髪で好奇心の強かった緑色の目の少年とは違うことが分かった。
今のベルナスは孤独で狂信的な人間になっていたようだ。
子供の頃には神殿に行くことをあれほど嫌がっていたのに、
神に夢中になったのはもしかして無関心な自分のせいではないかと思われた。
‘ベルナスはこんな子ではなかった。
ベルナスは神殿でお祈りをするより、木登りが好きで、何気ないことにも大きな声で笑う子だった。
森の中で傷ついた動物を見つけると、治るまで面倒を見るやさしい子だった。
妻が死んだ時も俺が心配するのを気にして、何も悲しくないふりをする子だったのに…
いつの間にかこんなに変わってしまったのか…?’
ロザリオは毎日息子の手がかりがつかめるよう神に祈った。
息子が無事に帰ってきたら、残りの人生は全部息子のために使うと誓った。
ある日、カイノンでベルナスを見たという噂が届いた。
「カイノン?」
ロザリオの声が大きくなった。
「そうです。まだ確実なことは分かりませんが、ベルナス様がカイノンの近くで、
ハーフエルフ達と狩りをしている所を目撃した人がいるそうです」
「ハーフエルフと何をしていたのか?」
「そこまではまだ…」
ロザリオの声が大きくなったので、家庭教師も言葉を濁した。
ロザリオは椅子から立ち上がり、自分の部屋に向かった。
「今すぐカイノンに行って確認してみる」
「ロザリオ様、それは不可能です」
ロザリオが足を止めて、家庭教師を振り向きながら聞いた。
「不可能?ベルナスがあそこにいるのを見た人がいると言ったじゃないか!」
「しかし、エルフが単独でカイノンに入ることは出来ません。
ハーフエルフが警戒しています。カイノンに入る為には女王陛下の親書が必要なのは
ロザリオ様もご存知ではありませんか?」
「俺の息子があそこにいる!この1ヶ月間行方不明だった息子だ!
ハーフエルフ達がエルフに恨みを抱いているのは十分分かっている。
エルフの自由な出入りが不可能なカイノンにベルナスがいるって事は
拉致された可能性もあるって事だ!」
それでも、ベルナスの家庭教師は説得した。
「ベルナス様がエルフと知っていたら、ハーフエルフ達が一緒に狩りする事はないと思います。
たぶんハーフエルフ達は、ベルナス様が同族だと勘違いしていると思います。
それに、ロザリオ様はアルマナ荘園の領主です。
万が一、ヒューマンとエルフがハーフエルフを監視していると思われると大きな事件になります」
ロザリオは辛いうめき声を出しながら、壁にもたれた。
「早速ヴェーナに人を出して、女王陛下の親書をもらうようにします。もう少しお持ちください。
親書が届くまでもっと情報を探してみます」
ロザリオの目から涙が流れた。
ロザリオは手で顔を隠して見えないようにしたが、声が震えていた。
「全ては俺の責任だ…
もし…もし息子が無事に帰ってこられなかったら…自分を許せないだろう」