「これが‘千の顔’のアヴァドンだと?」
ペルディナントは総司令官バハドゥルが持っているガラスの箱を見ながら答えた。
「そうです、陛下」
「不思議だな」
「私もそう思いました。‘千の顔’を持つ悪魔の真実の顔がこのようなものだとは
誰にも想像できなかったでしょう」
「いや、私はこの悪魔をドビアンが生け捕り出来た事が不思議だと言っているのだ」
「はい?」
バハドゥルが驚いて顔を上げた。
「若い頃、呪いの塔で偶然アヴァドンに出遭った。思い出したくもないほど醜い顔だった。
必死の思いで、やっとその悪魔を制圧することが出来た。
アヴァドンを消滅させるための最後の呪文を唱える直前、悪魔は紫色の煙となり消えてしまったのだ。
今までアヴァドンについては誰にも語ったことはない。
事実、アヴァドンの真実の顔を知っているのは私だけであろう。
だからこの試練は困難であり、正体不明の悪魔を生け捕りして帰るのが関の山であろうと思っていた。
しかし、ドビアン君は1日でアヴァドンを見つけ出し、この箱に封印して持ってきた。
あまりにも優秀すぎると言えるだろう。」
バハドゥルが持っているガラスの箱を見つめ沈黙していたペルディナントが口を開いた。
「今頃最後の試練が行われていることだろう…
君は、誰が国王に相応しいと考えているか?」
「ふむ…よく分かりません。しかし、誰が国王になったとしてもデカン族のためにつくすでしょう。」
「私は権威よりも、皆のことを考えられる者が国王になるべきだと考えている。
最後の試練はそれを試す為のものである」
バハドゥルは理解し難いといった表情だった。
今行われている最後の試練は、ある場所からここへいちはやくたどり着くというものであった。
最後の試練の内容を聞かされたときには驚きを隠せなかった。
そのような単純な試練で国王を決めることが理解できなかった為である。
「君も他の者達と同じように、最後の試練の意味を理解できないであろう」
「陛下…私は…」
「理解できないのも無理もない。
しかし、その試練にこそ素晴らしい国王を見定めるための重要な意味が隠されているのだ。」
その時、警備兵が一人走ってきた。
「陛下!最後の試練の結果が出たそうです。」
椅子に座っていたペルディナントが立ち上がった。
「誰だ?」
「ドビアン様が先に到着いたしました。」
ペルディナントはドビアンが先に到着したことは気にもせず警備兵に聞いた。
「キッシュが遅れた理由を知っているか?」
「監督官の話では、途中で道端に倒れている子供を見つけ
その子供を医師に診せるために遅れたとのことです。」
バハドゥルは舌打ちをしながら思った。
‘キッシュは運が悪いな。結局ドビアンが次の国王になるのか…’
しかし、ペルディナントの言葉は違うものであった。
「キッシュを次期国王とすることを宣言する!」
全員が驚いてペルディナントを見上げた。国王のすぐ隣に立っていた長老は驚いて聞いた。
「へ…陛下。今キッシュが次の国王になると…おっしゃいましたか…?」
「そうである」
「し…しかし、3度の試練の中でキッシュが勝利したのは1度だけで、ドビアンが2度勝利しております。
なぜドビアンではなくキッシュが次期国王になるのでしょうか?」
ペルディナントは強い目差しで周りにいる者達の顔を見ながら説明した。
「確かに最後の試練で勝利したのはドビアンだ。
しかし、キッシュは子供の命を救う為に国王になる機会を諦めた。
それこそ、私が今回の試練で求めた真の国王の姿だ。
より命の重さを知っている者が国王になるべきだと思っている。
ドビアンがキッシュより早く到着したとはいえ、それは私が求めている国王ではない」
最後の試練に隠されていた本当の意味がやっと分かったようだった。
「バハドゥル、君は私の意志を公表し、キッシュを呼び出してくれ」