「そうだったのか…バタン卿が、まさか…」
ナトゥーから前後の事情を聞いたノイデは深刻な表情で頷いた。
ノイデと一緒にナトゥーの説明を聞いたクレムは興奮して高い声で言った。
「すぐバタン卿を捕まえるべきではありませんか!」
「政治家は十分注意をしなければならない。彼らは必ず抜け道を用意する。
特にバタン卿は油断してはいけないぞ。何より、ナトゥーが無事でよかった。」
「ご心配をかけまして、すみませんでした。」
ノイデは重たい声でナトゥーに話した。
「ダークエルフの使者が来て、ジャイアントの戦士がダークエルフ国王の暗殺を試みたと伝えた後、
戦士会がどれほど暗い雰囲気になったのか想像も出来ないと思う。
国王陛下も衝撃を受け、協約を早く進めようとする政治家の圧力に悩んでいた。」
「それで、結論は出ましたか?」
「今晩最終決定のために集まる予定だったが、もう要らなくなった。
今すぐ国王陛下に君の話を伝える。」
席から立ち上がりマントをかけるノイデに、ナトゥーが声をかけた。
「もう1つ話したいことがあります」
ナトゥーが聞いた。
「何だ?」
「個人的な意見ですが、ダークエルフと協約を結ぶよりは、ハーフエルフを味方にした方がよいと思います」
「ハーフエルフを?なぜだ?」
「ダークエルフの最終目標はロハン大陸を支配することだと思います。
今はハーフリングたちを狙っているが、その刃の先が我々に変わるのも遠い話ではないでしょう。
そのため、ハーフエルフとの連合が望ましいのです。」
ノイデはゆっくりと席に腰を下ろしながらうなずいた。
「一理はある。ダークエルフを避ける為だけでなくても、ハーフエルフと連合することは
これからを考えると役に立つだろう。
強欲なヒューマンがエルフたちとドラットを攻撃する可能性もないとは言えない。
ただしハーフエルフたちはハーフリングと用兵契約を結んでいるから、簡単には出来ないかも知れないな。」
「一つ情報があります。私はイグニスから脱出し、しばらくカイノンにいましたが、
そのときハーフエルフとエルフの間にトラブルが発生しました。
アルマナ荘園領主が行方不明になった息子を探しにカイノンにきましたが、
途中、トラベルで殺害されました。多分近いうちにエルフとハーフエルフの間に戦争が起こると思います。
小心のエルフたちは戦争を避けようとすると思いますが、
同盟関係にあるヒューマンたちが静かにしているはずがありません。
恐らくエルフたちを説得し、連合軍を結成してカイノンを攻めると思います。
そうなるとエルフやヒューマンたちと交流しているハーフリング側では、
ハーフエルフとの契約が邪魔になることでしょう。
その隙を狙いハーフエルフに援軍を約束すれば、喜んで受け入れると思います。」
「よい情報だ!神は我々の側に立っていらっしゃるだろう。
わしは今すぐ国王陛下に謁見するぞ。君はこれから重要な役目がある。
バタン卿は君を探していることだろう。どうか体に気をつけてくれ。」
「わかりました。」
ナトゥーは疲れた様子で椅子にもたれしばらく動かなかった。
ナトゥーは目を閉じたままクレムに声をかけた。
「クレム…」
「うん」
「家に帰ろう。母親が心配しているだろう。」
「今から?」
ナトゥーは腰を起こしながら頷いた。
「そうだ、今すぐ。夜だからマントをかぶると誰も気づかないだろう。」
「そうだけど…」
クレムは何か言おうとしていたが、黙ってドアに向かって動き出した。
「何だ?何か言おうとしたじゃないか。」
「いや、早く行こう。」
ナトゥーはぶつぶつ言いながら、外にあった??に乗り、走り始めた。
ナトゥーの家まではあまり遠くない。
遅くなっていたからか、街を通っている人はいなかった。
家についたナトゥーは、周りを気にしながらドアをたたいた。
奥から女性の声が聞こえてきた。
「誰ですか?」
ナトゥーは姉の声に泣きそうになった。
クレムが代わりに答えた。
「僕です。クレムです」
ドアが開くと二人は飛ぶように中に入った。
二人に驚いたナトゥーの姉は驚いて後ろへ退いた。
「いったいどうしたの?」
「ナトゥーが戻りました。」
「え?」
クレムの話に、マントをかけていた男に視線をやった姉はその場に凍りついた。
「ただいま…」
「ナトゥー…」
彼女は目の前に立っている人物がナトゥーだとわかった瞬間、涙を流し始めた。
「なぜ…もっと早く来なかったの…待っていたのに…」
「ごめん…」
彼女は震える声で話し続けた。
「もっと…もっと早かったらよかったのに…あなたを待っていた…母親が…母親が旅に出たの…」
母親が旅に出たことを聞いた瞬間、重たいもので殴られたように衝撃を受けた。
「いったい…なぜ?」
「母はあなたがダークエルフ国王暗殺の犯人になったと話を聞いてショックを受けて倒れたの。
何日も意識が戻らなくて大変だった。ようやく意識が戻ったけど、休むこともせず、あなたを探しまわっていたラウケ神団の人々と出会い、手紙を残して家を出てしまったの。」
「なんていうことだ…手紙には?手紙にはなんて書いてあった?」
「ラウケ神団修道院に行って、君の為にお祈りを捧げると…」