激しい雨で空は夜のように暗くなっていた。
雨に濡れた窓ガラスの外の風景は、まるで空全体が泣いているようだった。
バルタソン男爵はタバコを吸いながら、昔のことを思い出していた。
‘そうだ…その日も今日のように激しい雨が降っていた…’
夕日が沈み、だんだん暗くなっているのに、ポニーに乗って出かけたエドウィンがまだ帰ってこなかった。
9歳の息子が暗くなっても帰る様子がなく、バルタソン婦人はおどおどしていた。
妻には男の子だから、たまにはこんなこともあるだろうと、落ち着くように言ったが、
男爵自信もだんだん不安を覚えはじめていた。
雨が降り出してから、バルタソン男爵は執事と一緒にエドウィンを探しに出た。
しかし、9歳の子がポニーに乗って行ける場所は全て探してみたが、エドウィンの姿はなかった。
ふと見上げると、頂上の方向から微かな光が目に入った。
人が住んでいるなら、もしかしてエドウィンと出会った可能性があるのではないかと思い、
その光の方へと向かい始めた。
光が見えたところは、古くボロボロになった山小屋だった。
そして、小屋の前に、エドウィンのポニーがいた。
バルタソン男爵は、ノックもせず家の中へ飛び込むように入った。
ペチカの前には、一人の女性が立って火を起こしており、ベッドの上には二人の子供がいた。
一人がエドウィンだった。
「エドウィン!」
「お坊ちゃま!」
男爵と執事がベッドに向かって走りながら名前を呼んだ。
男爵は寝ている息子を起こそうとしたが、彼は目を閉じたまま、ぴくりともしなかった。
男爵は女性に怒鳴った。
「俺の息子に何をやらかしたのか!」
「私は何もしておりません」
「なら、何故意識が戻らないのか!」
女性はうつむいたまま話した。
「今、エドウィンさんは、聖なる欠片と出会いました。
神の力を受け入れているのです。明日の朝になれば、いつもと同じく眼を覚ますでしょう」
「聖なる欠片?神の力?一体何を言っているのか!事実を話せ!」
「私は真実だけを申し上げています。
娘とエドウィンさんは、主神オンの気運が宿っている聖なる欠片と出会い、
主神の力を自分の体に受け入れているのです。全ては神の意思です」
執事が男爵の耳にささやいた。
「ご主人様、彼女は町の中では魔女と呼ばれています。
娘はライラックという子ですが、町からは遠く離れて生活しているのです。
噂によると、彼女はおかしなことを言い、呪いをかける力があるそうです。
もしや、お坊ちゃまにも呪いをかけたのでは・・・」
男爵はエドウィンを抱きしめ、ドアに向かいながら話した。
「息子は連れていく。もし、明日の朝になっても息子の意識が戻らないときは、君にその罪を問う」
バルタソン男爵はエドウィンを連れて自宅へ戻った。
バルタソン婦人は、意識の無い息子を見て、耐えられず気を失ってしまった。
男爵は朝までベッドの隣で息子の様子を見守った。
幸いなことに、翌日息子は意識をとり戻し、特に異常はみられなかった。
エドウィンは山で少女と遊んでいる途中、不思議に光る欠片を見つけ、
拾おうとした瞬間から何も覚えてなかった。
男爵はエドウィンにはもう忘れるように言いきかせ、誰にも知らせず黙っていた。
そのまま、静かに過ぎさってしまうものと思っていたが、
村人の誰かが、彼女を魔女として通報したため事件が大きくなってしまった。
大神殿は彼女を魔女と判断し、バルタソン男爵に彼女を火刑に処すように命じた。
「もしかすると、彼女の話は事実だったのかもしれない…エドウィンは神に選ばれたのかも…」
人の運命は自分が作っていくもので、親が止めようとしても止められないことだと自分自身につぶやいた。
真実を追究していくのが息子の運命なら、息子が行く道を静かに見守ることが親の役割であろうと…