オンの神殿を囲む湖をさかのぼると、女性の顔のようにみえる大きな岩がある。
人々はその岩を「エドネの顔」と名づけ、巫女が毎日祈りを捧げている。
年に一度、巫女により、主神の言葉を伝える神事が執り行われていたが、
流星雨が降りた夜、エドネの顔の祭壇を守っていた巫女が自らの命を絶ってしまった。
その後、エドネの顔を守る巫女が自ら命を絶つ事が相次ぎ、祭壇は見捨てられたまま放置されていた。
「見るたびに思うけど、まるで生きている女の人のようじゃないか?
聞いた?最近この顔がしゃべったって。確かにすぐにでも…何かをしゃべり出しそうだな」
近くの森で訓練をした後、湖の中で泳いでいた男性が言った。
一緒にいた女性は気に入らないといった様子で応じた。
「やめて。私がそういう話に弱いからって、冗談言ってるんでしょう?」
「お前も大変だな〜。そんなに臆病で卒業は出来るのかな?」
「うるさい!カタールの使い方は私のほうが上よ。そっちこそ卒業試験に失敗しないように頑張るのね!」
男性が意地悪な顔をしながら、水をかけた。
女性も負けずに相手をし、二人は楽しそうにふざけあっていたが、
いきなり男性が動きを止め、彼の様子に異常を感じた女性も動きを止めた。
「何?」
「シーっ!」
「どうしたの?」
「聞こえない?」
「何が?」
「ちょっと静かにしてみて…」
女性も静かに周りの音に耳を澄ました。
水が流れる音や虫の鳴き声の間に、かすかな音が聞こえた。
岩がぶつかるような音だった。
「何の音?」
周りをみていた男は強い声を発しながら指さした。
男が指さした方向を見た女性は自分の目を疑った。
エドネの顔が…岩が動いていたのだ。
岩がぶつかる音は、エドネの唇のあたりが動く音だった。
女性は悲鳴をあげた。
その唇は声を発していた。
「聞け…聞け…ダンは私の声を聞かなければならない…
神に救われるなら…全て殺せ…殺せ…お前らは救われる…」
驚いた二人は急いでパルタルカへ走った。
そして自分たちが見たことを報告した。話は早くも軍長のベイエン・アスペラの耳に入った。
「最近類似した報告が増えているのが、気になります」
軍長の質問に、新しくナヤルの継承者になったセリノンが答えた。
「主神がわれわれに伝えたいことがあるのでは?」
皆が頷いた。ベイエン・アスペラはタバコをすいながら話した。
「岩の唇が動き、発した言葉はいつも同じことでした。
ダンは私の話に耳を澄ませるべき。神から救われたいなら、全て殺せ。
するとダンは救われる…何を意味していますか?」
「簡単ですね。殺されたくないなら、他の種族を殺せってことですね」
ブチ・クオンの解釈にベイエン・アスペラが眉をしかめた。
「なら、なぜいきなりそのようなことを言っているのでしょうか?」
「この世を滅ぼすためでしょう」
声が聞こえてきた方向へみんな振り向いた。
軍長に質問に答えたのは、ジン・ドシジョだった。
変わり者として知られているジン・ドシジョの話にしたうちをする者もいた。
セリノンはあざ笑いながら質問を返した。
「この世を滅ぼそうとしているといいましたか?」
「そうです」
「その根拠は?」
ジン・ドシジョはセリノンの顔を見つめながら答えた。
「セリノン・ナヤルさん、周りを見てみてください。
隅々までモンスターの手がとどかない場所はありません。
毎日のように我々の命を脅かす存在が生まれています。
これこそ、神が世界を滅ぼそうとしている証拠でなくて何だと思いますか?」
「神は我々がより強くなれるように試練を与えているのだ」
「そうですか?なら神はロハン大陸に生きている全ての命が強くなることを望んでいるようですね。
パルタルカだけではなく、全大陸がモンスターで埋め尽くされているではありませんか」
セリノンもそれ以上は反論が出来ないようだった。
ベイエン・アスペラは、何かを考えている表情で、しばらくは様子を見ることにするといいながら会議を終らせた。
自宅に戻ったセリノンは弟子達に言い放った。
「いきなりなんだ?何があった?」
横になっていたクニスが聞いた。
セリノンは、会議であったことを話した。
「ドシジョの者は師匠も弟子も気に入らん!」
「ジン・ドシジョの弟子?あ…ライの話か。
そういえば、先日ジン・ドシジョがちょっとおかしな話をつぶやいていた」
「何だと?幽霊にでも出会ったか?」
「さあ…そうかも。ライがパルタルカに戻ると言っていたよ」