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第二章 神を失った世界 第3話 08.06.18
 
荷物を背負って運ぶ手伝いの背中が赤く染められていった。
度重なる旅に慣れている手伝い達は着々と今夜のキャンプを組み立てている。
今度の旅で、今日が最後のキャンプだ。
たぶん明日はジャイアントの宿で泊まることができるだろう。

ダークエルフの首都モントからジャイアントのエトンまで何回も旅をしたのに、
フロイオン・アルコンにはキャンプはまだ慣れることができなかった。
優雅で贅沢な生活を大事にするダークエルフの貴族社会で生まれ、
庶子ではあるが、国王の息子として育ったのが彼だ。

手伝い達の熟練した腕前で完成されていくキャンプを見つめながらフロンは馬から降りた。
 
「いい天気でよかったね」
 
ロビナが笑顔で話しかけてきた。
フロンはうなずいてその話しに同意を表し、その場を去ろうとしたが、
ダークエルフの女性、ロビナはそれをまったく気にせずに話しを続けた。
 
「前回は冬だったから寒さに耐えられなかったわ。
ジャイアントはそんな寒さをどうやって耐えているだろうね」
 
「前回の訪問の際にもけっこう楽しそうでしたけど」

疲れたせいか、温厚な声ではなかった。
フロンはそれに気付き、自分に呆れていた。
ロビナは気にしないように、明るく笑った。
中年に近い年齢なのに、ロビナの笑いはまるで少女の笑いのよう、明るくて爽やかだった。
 
「ああ、もちろん。旅が好きなの。旅中の苦しいことも後で思い出すと楽しい思い出になるもの」
 
手伝いが来てキャンプが完成したことを伝えた。
二人のダークエルフはお互いに向かって会釈をし、それぞれのキャンプに向かった。
ロビナは勢力家で生まれ、財産家の老人と政略結婚した。
夫の死後、彼女は王室議会の代表を務める父親に頼んで外交官の資格を得た。
夫の財産を勝手に使いまくってる、家門の政治的な性向に従わない裏切り者、
落ち着けないお転婆など、彼女の悪い噂は後を絶たなかった。

しかしロビナは外交の仕事にだけには優れた人材だった。
前代王ロシュ・リオナンの庶子で、現国王カノス・リオナンの腹違いの弟、
という困難な身分のフロンに外交の仕事を薦めたのもロビナだった。

人の噂を言いたがる連中は、ロビナが権力欲しさで国王の弟のフロンを利用しようとしている
という噂をしていたが、フロンはロビナに感謝していた。
ロビナのおかげで外交の仕事が任せられ、その仕事を通じて
自分の価値を証明できずにいたら延命する事ができなかったかもしれない。

国王のカノス・リオナンは野心に満ちた男だった。
彼は同じ父親の血が流れる唯一の人物で、自分の王権に脅威になるかもしれない
腹違いの弟など、いつでも殺せる者だった。
ジャイアントの国家ドラットとの今回の交渉は、自らの存在価値を証明する手段としても
相当重大な任務だった。
しかし、交渉は思ったように進まなかった。

こっちの提案のすぐ応えると予想していたジャイアントの国王レプトラバは
意外と慎重で気長い人だった。
1年も引きずっているレプトラバの態度にこっちの方がじれったくなってしょうがない。
色んなことを考えていたうち、眠ってしまったようだった。
フロンは夢を見ながらもそれが夢だって気付いている。
夢と現実の間くらいで朦朧な状態でいた。
そして昔のことを思い出していた。

厚いカーテンで隠れた窓からはほんの少しの月明かりさえも入ってこない。
フロンは枕に頭を埋めて静かに息をしていた。
ドアの取っ手を触る金属の音が聞こえてきた。
開いたドアの隙間から細長い光が部屋の床を横切っている。
幼い少年のフロンは息もできないぐらい震えていた。
いま部屋を歩いて近づいてくる者からは脅威や殺気が漂っている。

恐ろしい記憶に驚いて目が覚めたら、通常ではない空気が感じられた。
月明かりやキャンプの中央にあるたき火のせいで落とされた陰がキャンプの幕に映されている。
影を見てすぐに分かった。
同行ではない何者かが自分が休んでいるキャンプに近づいていた。
腰を伏せて足音を出さずに。
その手に持ったのはたぶん自分の心臓を狙う刃物だろう。

フロイオン・アルコンに個人的な恨みを持つダークエルフなら、
ジャイアントの国から近いここであえてトラブルを起こすはずがない。
ここはジャイアントの偵察隊や兵士が来てても不自然に思われない地域だ。

なら、やはりダークエルフやジャイアントの外交に不満に思う連中に決まっている。
一番不満に思うのはエルフの国ヴィア・マレアだろうが、
自称平和主義者の気の小さいエルフらにこんなことができるとは思わない。
なら、ジャイアントを警戒するヒューマン?
フロンは身動きもせずに、さっきの夢の中でと同じく静かに息を吐きながら待っていた。
しかし今の彼は幼い少年ではない。
その頃のようにただその脅威を受け入れようとは思っていなかった。

テントの入口の幕が半分ぐらい上げられ、そこから影が落とされていた。
その瞬く間にフロンはその影の持ち主のシルエットをはっきり見た。
暗殺者は女だった。
予想できなかったことに驚く間もなく、フロンは他の事にまた驚いた。
その暗殺者が手に持ったのはこれまで見たことのない奇妙な形をした武器だった。
暗殺者の右手を包むような曲線、鋭く伸びているような奇妙な形の刃が、冷たい青で光っている。

フロンは枕元に置いてあるスタッフの方にそっと手を伸ばした。
指先でスタッフを引っ張った瞬間、指輪やスタッフがぶつかって小さな金属音を出してしまった。
暗殺者は攻撃態勢を取ったのと、フロンがベッドから起き上がったのはほぼ同時だった。
しかし、暗殺者の方が動きが早かった。

自分の心臓を狙って振るわれる刃にフロンが緊張した瞬間、
テントの入口から大きな叫び声が聞こえてきた。
そしてそれと同時に誰かが暗殺者に向かって飛び掛かってきた。
第4話もお楽しみに!
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