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第二章 神を失った世界 第4話 08.07.02
 
思いもよらない襲撃で一瞬ライは慌てたが、すぐ冷静さを取り戻した。
自分の後に立って右の肩や腕を引っ張っている者が、
大柄の人物でも、ものすごい力の持ち主でもないことにすぐ気付いたからだ。

鍛えられていない体の小柄の女だった。女は必死でライを止めていた。
目的はライの右手をそれ以上動かないようにすること、
ライが標的の命を奪わないようにすること。

しかし、このままやられているだけのライではない。
体をひねって相手の手の握りを緩め、その際に右の手首を回して
剣の刃を後の方に振るった。
特に力を入れる必要はなかった。
尖った刃が人の体を切る、その慣れた感触が剣から手に伝わってきた。

女の手が、ライの腕が痛くなるほど握り締めた。
そしてゆっくりその手から力が抜けていった。
ライは女を振り切って自分が狙っていた人物の方を見た。

もう遅かった。
ライは舌打ちを打った。
標的は眠っていなかったようだ。
彼は起き上がってライの方にスタッフを差し出して、防御体勢を取っている。
しかも片手には魔法の気運を集めている。

ライは標的に向かって襲い掛かろうとしたが、すぐ横の方に体を避けた。
肩の上をぞっとさせる魔法の気運が通った。
相手は魔法師なのに油断しすぎていた。
しかし今なら彼を倒せるチャンスがつかめる。
いくら魔法師といってもまた魔法を使うには時間が必要だろうから。

ライは体を起こそうとしたがそうはいかなかった。
体を急に伏せたとき、足首を痛めたようだ。
苦しそうな短い声を出し、やっと起き上がったとき、標的の男はいなくなっていた。
 
「ダークエルフの貴族様だからと油断しすぎたのかも」

右の胸あたりを押さえながらディタがつぶやいた。
彼の標的はダークエルフの貴族ロビナ・デル・リコンゾだった。
彼はロビナの攻撃に怪我をし、彼女を逃してしまったのだ。
結果的にロビナを倒したのはライだった。
そしてライはロビナのせいで自分の標的、フロイオン・アルコンを逃してしまった。

セリノンがライに厳しくて冷たい視線を送った。
暗殺者で作られる組織、シャドーウォーカーを率いるセリノンは若い女性だったが、
その年齢や性別が信じられないほどの実力者、組織のメンバーには恐怖の対象だった。

ライは思わずうつむいてしまった。
ライは標的に逃げられ、結局捕まえることができなかった。
結果的に標的を逃したのはライ一人だけだった。
セリノンは周りを見回して警戒し、手を目の前に挙げ、2回信号を送った。
セリノンの後に続いて4人の暗殺者は遺体だらけの
ダークエルフのキャンプから闇の中へ消えた。

ロハン大陸の北側にあるバラン島のダンは他の種族とは違って独立した種族ではなかった。
昔ヒューマンの王族クラウト・デル=ラゴスは兄を暗殺し、
自ら王座に就き、ヒューマンの3代国王となった。

ちゃんとした政治を施したいとの思いからだったが、
彼の極端な方法は国民の反感を買ってしまった。
結局クラウトは先王の王妃カロニアやその息子のセリオの軍隊によって
王座から引き降ろされてしまう。

クラウトは友人で支持者の預言者ヘルラックと共にカロニアの軍隊を避けて、
ヒューマンの領土から離れることになり、
へルラックとその群れはバラン島に定着し、今のダンの先祖となった。
そして彼らはヒューマンと離れて独立した都市を建設する。

それから長い時間が経ち、大陸のドラゴンが消滅して各種族間の交流が始まった。
死んだと思われた昔の謀反を図った者らがちゃんと都市を建設して
今まで生き残っていることに、ヒューマンらは唖然とした。
そして長く考えた挙句、決断に踏み切った。
ダンをヒューマンと同じ種族として認めないとの決断だった。

他の種族より少数のダンはこの大陸のどこの誰にも頼ることができない。
そんな状況で彼らは自ら生き残る方法を探すしかなった。
ダンが一番恐れているのは、この大陸である大きな勢力が形成されることだった。
力が集中すればダンのような比較的少数種族は
大きな勢力に食い込まれる可能性が高い。

ロハン大陸に混沌の気運に包まれて、各種族が警戒しあっている今、
ダンを狙う余裕のある国はなかった。
しかし、ダンにとっては、ダークエルフやジャイアントが秘密裏に協力を
図っているとの情報が入った以上、それだけは阻止しなければならなかった。
この秘密協約の情報は意外な情報源から入ったのだが、
とにかくそれは大事な情報だった。

ジャイアントの領地内でダークエルフの使節団を全滅させ、
一時的には種族の会談を阻止し、結局ジャイアントやダークエルフの間に
トラブルを起こすのが今回の奇襲の目的だった。
しかしさっき、その使節団の1人を逃してしまったのだ。追うしかなかった。

足が地面に触れるたびに足首から痛みが感じられた苦しい。
しかしそんなことを気にしてる場合じゃなかった。
追って見つけて首を切らなきゃ。ライは唇を噛んだ。

実は自分より先に暗殺の任務を終えた仲間らが、
自分が逃した者を捕まえられるだろうと、甘く思っていた。
とくに一番重要な標的だったフロイオン・アルコンの暗殺は、
セリノンがライの実力をテストするために、
わざわざ下したのだ。

ダンのアサシンとして受け入れられるかどうかが決まるテストで、これ以上異邦人扱いされなくなる機会。
そのチャンスを逃したのは自分の優柔不断な態度のせいだ。

ディタがライの肩を軽く叩いた。
怪我の痛みを彼も我慢していたので、どうしても表情は崩れてしまうそうだった。
ディタはライに向かってわざと笑って見せた。
大丈夫、そんな顔しないで。
淡い月明かりでディタの唇が何を言っているのかが分かった。
ライは少し力が抜けたようなように微笑んだ。

薄い雲から照らされていた月明かりがだんだん淡くなり、雲は風に流されていた。
5人のアサシンの影が消えてゆく月明かりと共に暗闇に埋もれてしまった。
彼らは足の音さえせずに走っていた。
第5話もお楽しみに!
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