日差しが眩しい昼だった。 野原には動物が腐ってゆく匂いが溢れ、 鷹は陽炎でぼやけている空を飛んでいた。 白い雲と青い空とは対照となる黄色い痩せ地に目眩がする。 大地の生命体はジャイアントの短い夏の暑苦しい息で苦しんでいた。
フロイオン・アルコンが行方不明になってから一週間が経った。 夏が近付き、寒さには強いけど、 暑さには慣れてないジャイアントの戦士達は疲れてゆく。
一部のジャイアントは何故ダークエルフのために こんな事までしなければならないのかと不満を言った。 そんな話が出てくる度に、クレムとナトゥーは力強い一喝で彼らの騒ぎを抑えたが、 いらいらするのは彼らも同じだった。
まさに誰かがフロイオンが残した全ての痕跡を消したように、 彼の手がかりは見つからなかった。 ナトゥーは遠く見える地平線を眺めながら、深い溜息をした。 その時、一人の戦士が彼に近付いてきた。
「ナトゥー様、首都からお客様です。」
「誰だ?」
ナトゥーの質問に、戦士は戸惑いながら答えた。
「それが…身分を明かさなかったのです。見せてくれたのは王家の指輪だけでした。」
部下の答えにナトゥーは眉をひそめた。
「分かった。」
ナトゥーはバラックに足を運びながら、ややこしい事に巻き込まれそうな感じがした。 この辺りに王家の指輪をもっているような身分の人はない。 それに、こんな頭の痛い時期だから、誰が訪問してきても歓迎する気持ちにはならない。 バラックの中には頭の上からつま先まで真っ黒なマントをかぶっている見知らぬ人がいた。 彼は人の気配を感じ、顔を向けてナトゥーを見つめた。
「こんにちは。ナトゥー様。」
ナトゥーはマントの人の顔を確認して、呻いた。
「バタン卿…」
バタンはマントの帽子をとりながら、微笑んだ。ナトゥーの顔はどんどん固まった。
「あら、あまり嬉しがる顔ではなさそうですね。」
「ドラット王国の宰相がこんな所までどういう事でしょうか。」
ナトゥーは言葉を切りながら、明らかに不愉快な気持ちを示した。 彼は戦士だ。 よこしまな政治家は嫌いだ。
それにバタンはその政治家の中でも権力者。 若い年齢で宰相の位置まで上がり、今は国王の右手であった。 バタンはあからさまに不快な顔をするナトゥーに一瞬驚いたような感じだったけど、 すぐ微笑みを戻した。
「やはり噂通りですね。では、早速本題に入りましょう。」
バタンは袖の中から巻物を一つ出した。 封印のシールの上には国王の印があった。 ナトゥーは予感通り厄介な事に巻き込まれる事に気付き、溜息をした。 バタンは巻物をテーブルの上に置いた。
「現在、ジャイアントはややこしい状況に直面しています。 ダークエルフ側で使節団の事やフロイオン・アルコンの 行方について追及をしているためです。 いざとなったら戦争にまで及ぶかも知れません。 彼らは我々ジャイアントが協約をやぶる為に使節団を殺したと誤解しているようです。 ひょっとしたら使節団を襲った奴らが狙ったのもそれかも知れません。 国王は悩みの上、ダークエルフに協力する事にしました。 私がここに来ているのは、あなたに国王の命令を伝えるためです。」
バタンは自分がはめている王家の指輪を抜き出してナトゥーに差し出した。
「ナトゥー卿。レフ・トラバの名で命じます。 今すぐフロイオン・アルコン卿の身辺を確保し、 モントに使節として行って来なさい。」
「単独行動をしろという事ですか?」
ナトゥーが眉を上げた。
「はい。全ての事は極秘に付しなければなりません。 国王は戦士会の反対に反して、単独でこの事を成立させようとしているので。」
ナトゥーは小さく悪口を吐いた。
「戦士の俺に政治に関われというのですか?それも犠牲者として!」
「違います。犠牲者を選ぶなら、捨てても惜しくない人を選択したでしょう。 むしろあなたを選んだのは私の意志です。」
「どうして?」
バタンは初めて深い溜息をした。
「ナトゥー様は政治に興味がないのでよく分からないかも知れませんが、 いま首都エトンは戦士会の首長ノイデを中心とした国王派と、 私を中心としているアカード派が対立しています。 第二王子のアカード殿下はヒューマンを攻撃しようとする国王に反対していらっしゃる。 私は国王の右手として知られていますが、実は国王が王子をけん制するため、 私を人質にしている事に過ぎません。」
ナトゥーは初めて聞く話に驚きを隠せなかった。 ジャイアントの中でこんなもつれが存在するなんて、一度も考えた事がない。 バタンは苦笑いをしながら話を続けた。
「国王は第一王子のクリオン殿下を失った事で悲しんでいらっしゃいます。 ダークエルフと手を組んだのは、その怒りをヒューマンに向かせるためです。 臣下の身でありますが、私的な感情で国事を決める国王には賛同できません。」
「では、あなたはこの協約に反対するとでも?」
ナトゥーの質問にバタンはクビを横に振った。
「それは違います。今の状況ではダークエルフに協力する必要があるからです。 ただ、それはヒューマンと対立するためではありません。 アカード殿下は更なる将来を見通しています。 私はアカード殿下の全てをかけると決心しました。 あなたを選んだのも、殿下を支える事ができるかテストしてみるためです。 もちろん、あなたには選択の権利がありません。」
バタンはなんともない顔でありえない事を吐き出している。 宰相だといえ、戦士を優遇するジャイアント社会でナトゥーの名声は高く、 戦士達の尊敬の対象になっている。 周りに他の戦士がいたなら、彼がナトゥーを侮辱した事で剣を抜いてもおかしくない状況だ。 ナトゥーは幼弱な外見と違って勇気のあるバタンの行動に笑ってしまった。
「私を必要以上に高く評価していますね。 私にはあなたがテストするほどの価値がありません。」
ナトゥーの冷たい言葉にも、バタンは毅然たる態度は変わらなかった。
「おやおや…ナトゥー様は私よりも自分の事を分かってないようだ。 あなたならお金も権力も簡単に手に入れられる。なのに、全く興味がないなんて…」
ナトゥーは腹を探るような話しぶりと、 分かっているのに分からないふりをする図々しいバタンの態度に、 どんどん不快になっていった。 自分への彼のテストはもう始まったのだ。
「知っているなら、これ以上私に政治的な話はしないで下さい。 今回の事は国王の命令なので従いますが、それだけです。 他の政治的な問題に関しては一切関わりたくありません。 俺は戦士であって、政治家ではありません。」
ナトゥーの言葉にバタンはにっこりと笑った。 その微笑には鋭さが宿っていた。
「ナトゥー様。あなたはあなたが願わなくても いずれはこの争いに巻き込まれるでしょう。 ノイデ様までも欲しがる人物だからね、あなたは。 ですので、いつかはどちらかを選ぶしかありません。 我々がダークエルフと友達になれないように…」
ナトゥーは彼の言葉の中に毒があるような感じがした。 彼が言葉を出した瞬間から、彼の運命が踊らされるような、 言葉に考えが縛られるような感じだった。
バタンはナトゥーが顔をしかめたまま、沈黙しているのをみて、 マントの帽子をかぶった。
「あともう一つ。私の情報源によると、フロイオン・アルコン卿は国境を越えて、 ハーフリングの領域に入ったようです。 ここからだとまだ追いつける事ができるでしょう。 しかし、まだ誰かに追われている状況で、命が危ないです。 彼が死んでしまったら、我々にとっても大変なので、早速出発して下さい。」
「承知。」
ナトゥーが短く返事した。
「それではナトゥー様、次回はその心に剣がありますように。」
バタンは小さく笑い、バラックを出た。 ナトゥーはバラックの出口から一瞬入り込んだ日差しに目をひそめた。 まるで暗闇に囲まれていたように、彼の心にも闇が染みこむようだった。
「あんたなら俺に答えをくれるだろうか。」
ナトゥーはフロンを思い出し、苦笑いした。
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