フロイオンにはそれが理解できなかった。 神はただの神だ。 彼らに許しを求めるのではなく、救うことを祈るべきじゃないか。 エミルはフロイオンの考えたことを読んだらしく、 元気のない小さな声で答えた。
「それは世界を滅亡させようとするのが神だからなんだ」
エミルの話しにフロイオンは信じられないといわんばかりの顔をした。 いくらモンスターが暴れ、大陸が混乱に陥ったって、 神がこの世界を破壊させようとするなんて根拠のない憶測じゃないか。
フロイオンはラウケ神団って世の中が混乱な時に登場する宗教集団だと確信した。 しかし、暗くなっているエミルやその仲間達を見ると、 そんな話しは到底できなかった。
「やっぱり信じないんだね」
エミルは元気ない笑いを浮かべた。
「うん、でも簡単に信じられることではない」
フロイオンは自分を助けた子供達の気分を悪くしたくはなかった。
「謝ることではないよ。それよりフロンはどうしてここにいるの? こんな怪我までして。他の仲間は?」
エミルは明るい言い方で色んな事を聞いてきた。 フロイオンはもうかなり時間が流れたことに気付いた。 これ以上ここにいたら、またアサシンの追っ手に見つかるかもしれない。
フロイオンはエミルが包帯を巻いた自分の肩を動かし、 動くことはできることを確認した。 そして起き上がった。 ここにずっといると、この子供たちまで危険な目にあうかもしれない。
「エミル、助けてくれてありがとう。しかし俺が答えて上げられる事はない。 俺はもういかなければならないんだ」
フロイオンは自分の横に置いてあったスタッフを握り、 方向を把握するために空を見上げた。
「まだ傷がひどいよ、一体どこに行くつもり?」
びっくりしたエミルは聞いた。
「家…っていうか」
フロイオンはイグニスの首都モントを浮かべて苦笑いをした。 そこが自分の家なのかどうか、今は彼にもその確信はない。
「じゃ、これを持っていって」
エミルは水筒や食べ物の入った袋をフロイオンに渡した。 フロイオンは心のどっかから切なさを感じた。 母親が死んだあと、こんなに優しく世話をしてもらったことはない。 彼はエミルに感謝の言葉を伝えたかったが、 何って言えばいいのか言葉が浮かばない。 ありがとう。この一言では足りなすぎる。
フロイオンがエミルにお礼を言おうとしたとたん、 後から殺気が感じられた。 彼は言葉を飲み込み、周辺を見回した。
普通の人には見えないはずの、 森の中を素早く移動している黒い影がフロイオンの目に入った。 指先が震えてきた。 彼はこぶしを握って震えを止めた。 エミルはそんな彼の行動に驚いた様子だった。
「エミル…」
「ん?」
「これから走るのだ」
エミルは彼の言葉が分からないような顔をした。 アサシンらはもうフロイオンと子供達の周りを囲んで、 フロイオンらは包囲されていた。 俺はこの子達を守りきれるのか、そんなことを考えていたら、 思わず大声が出てしまった。
「逃げろ!!」
しかし、フロイオンのその叫びと同時にアサシンらが姿を明らかにした。 全員覆面を被って、手には奇妙な形の武器を提げている。 その普通ではない光景にエミル達は不安を抱いている。
フロイオンは生まれて初めて後悔した。 これまで何のことにも後悔したことのない彼だった。 モントの王宮で過ごしていた時にも国王の腹違いの兄弟という身分でせいで、 大勢の人の死を見てきた。 でも後悔したことはなかったのに。
もし今ここで、この子供達が死んだら、 一生後悔し続けるかも知れないと思った。
「分かった、俺を殺せ!いいかい?だけど子供達には手を出すな!」
フロイオンは叫んだ。 どうせ死ぬなら後悔など残したくない。 しかし彼の望みは叶えなかった。
アサシンらは木の上から飛び降り、こっちに向かって走り始めた。 ここの皆を殺すつもりだ。 フロイオンはエミルを自分の後に隠した。 そしてスタッフを握って魔法の呪文を唱えた。
まだ体が回復していないが、 エミル達が逃げる時間を稼げることはできるかもしれない。 フロイオンの手に魔法の力が集まり、彼の全身が光った。 フロイオンはアサシンらが目の前に近づいてきた瞬間 攻撃の呪文を唱えた。
アサシンらは予想もできなかった攻撃に防御体勢を取った。 フロイオンはエミル達に叫んだ。
「今だ!!逃げろ!!」
溢れる恐怖に震えていた子供たちはフロイオンのその叫びを聞いて、 すぐアサシンらの反対方向に向かって走り始めた。 フロイオンがエミルの背中を押したら、迷っていたエミルも走り始めた。 フロイオンは走っているエミルたちを見て、これでいいと思った。 今ここで死んでも後悔はない。
しかしアサシンの一人がフロイオンの魔法の力から抜け出し、 逃げていた子供達の背中を切り始めた。 あまりにもあっという間に起きたことで、 フロイオンは何の声も悲鳴も上げられなかった。
ついさっきまでも朝の日差しを浴びて、明るく笑っていたエミルたち。 その笑みがまだ生き生きと頭の中に残っているのに、 緑の草の上に赤くて暖かい血が散らされる。 エミルたちは一人、二人と、倒れていった。 倒れた遺体の中にはエミルもいる。 エミルの黒い瞳と目が合ったフロイオンは絶望や怒りで全身が震えているのを感じた。
「…ああああ!!」
その時彼は、もう神はいないことに気付いた。 | |