エドウィンは銀の水筒に水を入れながら、 湖を照らす日差しの輝きを眺めた。 トリアンの宿に泊まった日からずっと雨だったから、 このまぶしい日差しは懐かしく感じる。
しかも宿でラウケ神団の話しを聞いた日から、 タスカーの表情はずっと暗かったのでなおさらだった。 タスカーはエドウィンに明るい顔で接しようと頑張っている様子だったが、 エドウィンには彼女が内心、不安を感じていることが分かる。 「久しぶりにいい天気、ね?」 いつの間にかタスカーがそばに来て、湖の中に手を浸しながら話しかけた。
「いい天気だね」
エドウィンは水筒を腰のベルトにつけながら立ち上がった。
「これまで天気が悪かったから気付かなかったけど、こんな空だからね、 ハーフリングの国に入ったって、やっと実感できました。」
「そう?ランベックに着けば、本当にハーフリングの国に来たってすぐ実感できると思うわ。 そここそもっとハーフリングっぽくて、生き生きとした町なのよ。 活気についてはアインホルンなんか絶対勝てないところで、たとえばランベックの神官達は…」
それまでは明るくしゃべっていたタスカーが急に静かになった。 エドウィンはうつむいて水面を眺めるタスカーの方を見た。 神官に関する話しをしようとしたが、 ラウケ神団に入ったという息子のことを思い出したようだった。 エドウィンは自分の母親もタスカーのように自分を心配しているかもしれない、と思った。
聖騎士になって、グラット要塞に派遣されたということを家族に伝えたとき、 父親は立派な聖騎士になるチャンスだと励ましてくれたが、 母親は何も言わなかった。 ただ目の辺りに心配の影を落としているだけ。
その次の日から母親は毎朝神殿に出てロハに祈りを捧げた。 しかし、母親の祈りは神に届いてなかったのか。 いや、それより、その日のそれは…本当にロハだったのか。
またもエドウィンの心の中には混乱が渦巻いてきた。 誰よりもロハを深く信じなければならない聖騎士が 神を疑うことになったということ自体がエドウィンには耐え辛いことだった。
その瞬間、東から大きな光が見えた。 タスカーとエドウィンはほぼ同時に光の方を見た。 そしてすぐその光へ走り出した。 光から近いところの木に身を隠した2人は目の前に見えている光景が信じられなかった。
「…なんてこった」
そこには子供達の死体が散らばっていた。 そして魔法の力に飛ばされないように精一杯になっている者らがいた。 彼らは全員黒い服装で両手には刃物らしき物が付いているように見えた。 一見、ヒューマンに見えたが、何かが違う。
「彼ら、ダンだわね。」
タスカーがエドウィンに呟くように言った。
「ダン?」
エドウィンの反応にタスカーは驚いた顔をした。
「ダンを知らないの?あなた達ヒューマンと同じ血が流れるダンを?」
エドウィンはタスカーがダンと呼んだ者らをもう一回見ながら聞いた。
「何の話かさっぱり分からないです。彼らはヒューマンっぽく見えるがまったく違います。 ダン…?聞いたこともない」
「まあ、詳しい話は後でね。 今はあの光の中に立って魔法を使い尽くしている誰かを助けなきゃ」
タスカーは素早い足で光が渦巻いている方へ走り始めた。 エドウィンもその後に続いた。 そして2人は遠くから見たその光がただの光ではなく、 魔法の気運というのが分かった。 そしてその中には1人のダークエルフが立っていた。
‘こんなに大量の魔法の気運が全部1人のダークエルフから出たっていうことか!‘
魔法を発動しているダークエルフを見るのは初めてだ。 幼い頃やつい最近魔法を発動するエルフは見たが。 幼い頃、父親に連れていってもらったアインホルンの王宮ではたまにエルフを見かけた。 そしてついこの前グラット要塞で自分を助けてくれたトリアン・ファベルが 魔法を発動するところを見た。
しかし今あのダークエルフの魔法は正常だとは言えないほど強力だ。 まるで全身のエネルギーを使い尽くそうとしているようだった。 エドウィンは今ここで命がけの戦いが起きていることには気付いたが、 どっちの味方になるかを決めることができない。
よく見たら光の一番近くにいるのは2人のダンだった。 髪の毛の短い男で、右の胸元に包帯が巻かれていた。 もう一人は長い黒髪の女の人。
その女はゆっくりと光の中にいるダークエルフに近づいていた。 エドウィンはやっと、そのダンの女がダークエルフを殺そうとしていることに気付いた。 エドウィンも剣を握ったままそのダークエルフに近づいた。
しかし光はダークエルフの保護するように、 その中へ入り込もうとする全てを拒否していた。 エドウィンは深呼吸をして光の膜を体で押しながら中へ入った。
抵抗感が感じられる。 彼は目をつぶってゆっくりと入った。 光の中へ完全に入ったと思った瞬間、目を開けたらダークエルフの後姿、 そしてそのダークエルフを襲うダンの長い髪の女が眼に入った。
「やめろォーーー!!」
エドウィンは握っていた剣を取り出し、 青く尖った刃がダークエルフの首に触れる直前にやっと止めた。 金属のぶつかる音が聞こえたと同時に光が消えた。 エドウィンが見たのはダークエルフの首を間に、 十字架の形に重なっている2本の剣。
「なんてことをするの?!」
タスカーがふらふらしているダークエルフを支えながらダンに叫んだ。
「かまうな、そいつを渡してから去れ!」
少し離れたところから誰かが答えた。 まるで凍りつくような冷たい声だった。 エドウィンは剣を握った手の力を入れたまま声が聞こえた方向を見た。 長い髪を2本の髪飾りで固定していたが、 服装が乱れていたことから走ってきたようだった。
しかしその傲慢な態度や言い方はリーダーであるということが十分にわかった。 エドウィンは剣を握っていた手にもっと力を入れて、ダンの女の剣を振り切った。 その間にタスカーは素早くダークエルフを後へ引っ張った。
「そうはいかない。異種族だとしても命は大事なもんだ。 お前らは何者だ!なぜこの人を殺そうとする?!」
エドウィンの叫びのような質問には誰一人も答えない。
「こいつらは暗殺を専門にやってる奴らだよ、アサシンだわ。 自分の口で正体を明かすはずがない」
タスカーが気を失ったダークエルフを起こしながら、エドウィンに呟いた。
「どうせすぐ死ぬ奴が俺らの正体を知ってどうする!」
ダンのリーダーは持っていた剣でエドウィンを指しながら、もっと冷たい声で答えた。
「もう一度聞こう。そいつを渡して去れ。そうしないとそいつと一緒に地獄行きにしてやる」
「俺は聖騎士エドウィン・バルタソンだ。この名に恥をかかせるような真似は絶対しないぞ」
「全員殺せー!」
リーダーの声が空中に響いた。 | |