目に入るのは闇しかない。 いくら歩いても周りに見える景色はまったく変わらない。
「誰かいませんか?!」
フロイオンは大きく叫んだが、闇に覆われた風景からは何の答えも聞こえてこない。 ここはどこなのか。 何故自分がここにいるのか。 思い浮かぶ疑問は多いが答えは一つも思い浮かばない。 急ぎ立つ足を止めて、そのまま座り込む。 一筋の風さえ感じられない。 目を閉じて膝を抱き体を丸くした。 何もやりたくない、何も考えたくないと思った。
「目を覚まして、王子様。 もう朝になりましたよ」
母の声が聞こえた。 フロイオンは ガバッと跳ね起きた。
「必ず生き残りなさい。 貴方の朝を待っている人々のために…」
フロイオンは声が聞こえる方向に向かって大きく叫ぶ。
「母上!」
急に周りが明るくなったと思ったら、現れた光りに体が吸い込まれるような気がした。 目を覚ますと老いたハーフリングの顔が見えてきた。
「思ったより、早く回復したようだね」
彼は皺のある指でフロイオンの目蓋を開き、瞳をのぞき見る。 しばらくフロイオンの瞳をみていた彼は、フロイオンの目蓋から手を離した。
「気分はどうかね、坊や」
フロイオンは目をぱちくりさせた。 ここはどこだ?このハーフリングは誰だ?
「おっと… 共用語が分からないのかね? 俺はダークエルフの言葉は分からないのだが…」
「ここはどこですか?」
フロイオンがゆっくりと口を聞く。
「共用語が話せるな。ここはハーフリングの地にある、プリアという町なのだ」
「プリア… 何で私がここに…」
「暗殺者たちにやられて意識を失ったそちを、 人間の聖騎士とハーフリングの婦人が連れてきたのだ。 覚えているかね?」
フロイオンは意識を失う前、森で遭遇した出来事を一つ二つ思い出した。 暗殺者から逃げるために森の中をさまよったこと、 エミルと会い、ラウケ神団について聞いたこと、 そして両手にカタールを握った暗殺者たちが子供たちを殺したこと…
「俺はグスタフだ。 薬草で患者たちを治すことを飯の種にしている」
「私の名はフロ・・・ンで、旅の途中でした」
「あの人が目を覚ましましたか?」
優しい女性の声が聞こえ、若いヒューマンの男性とハーフリングの女性が現れた。
「今ちょうどね。 こちらがそちを助けてくれた人たちだ」
フロイオンが身を起こそうとすると ハーフリングの女性が近づいて手伝ってくれた。
「お体は大丈夫?」
「ええ、お蔭様で助かりました。この恩は一生忘れません」
「あの状況の場合、誰だってあなたを助けたはずよ。 私はタスカー。あなたは?」
「フロンです。お会いできて嬉しいです、タスカーさん」
「僕はエドウィン・バルタソンです。無事のようで何よりです」
エドウィンがフロイオンに近づき自己紹介をした。 フロイオンはふとハーフリングの町になんでヒューマンがいるのかという疑問が湧いた。 ダークエルフとジャイアントの秘密協約に関して何か気づかれてしまったのか? フロイオンは背中に流れる冷や汗を押し包み、平然とエドウィンに感謝の言葉を渡す。
「さて、外部からの患者さんは残り一人かね」
フロイオンがエドウィンとタスカーに礼を言うのをみたグスタフが呟く。
「外部からの患者?」
グスタフの言葉を聞いたフロイオンが反問する。
「そっちの隣で寝ている人のことだよ。 知り合いじゃないのかね?」
思わず頭を巡らして隣の人を確認したフロイオンの顔が真っ青に変わる。
「あ、あの人は…!」
「心配するな。気を失っている」
「暗殺者を助けるとは、あまりにも安逸ではありませんか?!」
フロイオンの激しい反応にエドウィンは予想していたように、ニヤッと微笑む。 グスタフは怒りが篭った声でフロイオンを叱った。
「その話通りにすると、俺らはダークエルフである君を森で見捨てただろうね。 だが俺らはそうしなかった。 君はダークエルフである以前に命が危なかったんだからね。 あの人に言いたいことがあったら、あの人が完全に治った後、 ここから遠くまで離れてから、叱なり喧嘩するなり好きにしろ。 ここにいる間はうるさくするなよ」
「しかし…」
「しつこいヤツだな。つべこべ言う力が残っていたら、食事でも取ってきな」
その時になって初めてフロイオンは自分が長らくの間、 ちゃんとした食事を取っていないことに気づいた。 エドウィンはフロイオンがベッドから起き上がるのを助けながら言う。
「僕たちは外で食事でも取ってきましょう。 あなたや僕にはハーフリングたちの命に対する考えは少し理解しにくいものかも知れませんから」
エドウィンの支えでようやく立ち上がったフロイオンは、 隣にあるマントを取り上げながら自分のスタッフが真二つに折れているのを見つけた。 | |