国立王室図書館はほのかで穏やかな紙の香りに満ちている。 綺麗に並んでいた本たちは取り出すたびに、あくびをしながら伸びをして、 ステンドグラスの窓から入った日差しが白い紙に花を咲かす。 エドウィンは厚い皮の本の表紙をゆっくりとめくりながら、 久々にアインホルン大神殿にて受けた聖騎士になる為の授業のことを思い出した。
聖騎士は騎士でありながら、同時に聖職者でもある。 一般の騎士のように剣術の腕だけでは聖騎士として認めてもらえなかった。 主神オンとエドネ、そしてヒューマンの創造神である光の神ロハ以外に 他の下位神のマレアやシルバ、ゲイル、フロックスに関しても 誰よりも熟知している必要があり、それより重要だったのは、 神に対しての絶対的な信仰であった。 それで一日三時間、トリキア神学校の教授たちから神学の授業を受け、 週明けにはアインホルン大神殿で大司祭が執行する祈祷会に参加しなければならない。 一日五回神に祈りを捧げるのはもっとも基本的な規則だった。 朝起きてからは主神オンに、食前には光の神ロハに、 夜眠る前にはまた主神エドネに祈りを捧げる。 始めは監獄のようだったそれらの規則も、3年も経つと慣れてしまったが、 正式の聖騎士として任命されたその日までなれなかったのは、 デル・ラゴスの最高司祭であった、大司祭ホライセンの鈍い言いぐさと静かな声だった。 彼の鈍い言葉と口のなかでぶつぶつ言うような 小さな声を聞くと退屈でどうしようもなかった。 それで大司祭が一年に一度執行する特別講義や毎週の祈祷会の時には ハウトとルムスについて話した。
ルムスはデル・ラゴスでもっとも知られたゲームである。 デル・ラゴスの兵士たちが、エルフと共に ヴィア・マレアの首都だったレゲンを奪還するため モンスターたちと戦ったことから作られたというルムスは、 誰でも簡単に遊べられるゲームだった。 必要だったのは縦横8間の紙と36個の石ころだけだった。 一人18個の石ころを持って遊ぶルムスは、相手のキングを取れば勝つ、 ごく簡単なルールのゲームである。 キング以外の、司祭、近衛兵、聖騎士、魔法師、弓手や警備兵の 役割が決められている石ころをもって、 相手の陣を崩させて王を倒すゲームだった。 聖騎士団に入団する前までエドウィンは時々兄と父のルムスゲームを観戦したが、 兄が司祭になり、出家した後はルムスに関してはすっかり忘れていた。 偶然神学授業の時に隣に座っていたハウトがエドウィンに ルムスゲームをプレイできるかと聞かれたことがきっかけとなり、 二人は親しくなった。 当時軍人訓練場にいたハウトと聖騎士団のエドウィンが会えるのは 神学の授業時間と祈祷の時間しかなかったが、 二人は出会ってから約束でもしたようにルムスの話をした。 ルムスのことを話すたび、後に外で出会ったらルムスで勝負しようと言っていたが、 グラット要塞に派遣されてからは忙しくてルムスの話も出来ず、 結局ルムスで勝負しようとした二人の約束はハウトの死で守られなかった。
`その時、本当にハウトは死んでしまったのか`
本棚の本を一つずつ取り出しながら本のタイトルを確認していた エドウィンの動きが止まった。 胸に穴が開いたまま剣を振り回していたハウトの姿が頭の中に浮かぶ。 エドウィンの剣で片腕が斬られてしまったにも関わらず、 何の痛みも感じられず、エドウィンを殺そうとした、 殺気に満ちた目をしていたハウトは生きているとは言えなかった。 しかし未だにエドウィンはハウトの死を実感できなかった。 グラット要塞での出来事は全部一夜の悪夢のようだった。 今でもグラット要塞に帰ったら、ハウトがルムスの話を持ってくると思った。
エドウィンは片手で右腰の傷跡をそっと触った。 トリアンだと自分を紹介したエルフが魔法で治してくれたものの、 傷跡は未だに消えない。 でこぼこな傷跡はグラット要塞の出来事を 決して夢では無いと言っているような気がした。 その時見た神が偽りの神だったのか、 彼が本当にハウトとヴィクトル・ブレン男爵を殺したのか 未だに謎めいたことが多すぎる。 グラット要塞で起きたことを説明できるのはヘルラックの予言だけだった。 ラウケ神団で信じられているというその予言こそが、 今起きている全てのことを説明できる唯一な鍵だと思ったエドウィンは また急いで本棚の本を確認し続けた。
しかしヘルラックの預言書に関する内容は何一つ見当たらなかった。 エドウィンは少しでも関わりのありそうな本は全部細かく確認したが、 予言に関しては糸口一つつかめなかった。 見つけたのは全てがヘルラック本人に関する資料しか無く、 それも全部反逆者クラウト・デル=ラゴスの参謀だったということだけだった。 ヘルラックに関する内容はそれが全てだった。
エドウィンは司書に聞いてみるしかないと思い、 廊下の住処で眼鏡をつくろいながら何かの書類を作っている司書に近づいた。
「すみません、調べてみたい資料が見つからないのですが、 ちょっと手伝ってくださいませんか?」
囁くように聞くエドウィンの質問に司書は忙しく動いていた手を止めて顔を上げた。 何の表情もなく自分を見つめている司書に、 エドウィンはヘルラックの預言書に関する資料を探しているけど 見つけられないと言った。
「ヘルラックの預言書? 蔵書リストを確認してみますので少々お待ちください」
司書は自分の椅子をくるりと回して後ろに向いた。 壁だと思っていたところを何十個の小さな引き出しが ぎっしりと並んでいるのがみえる。 司書は引き出しを一つずつあけて その中に詰まっている小さな紙カードたちをめくり始めた。 開けられた引き出しに入っていた数百枚の紙カードが、 司書の指先を風のような速さで触れてからまた収納される。 その過程を何回か反復した司書は頭を横に振った。
「申し訳ありません。 `ヘルラックの預言書`と関わりのある本は一冊もありません。 実は私も相当長らくここで働いてきましたが、
`ヘルラックの預言`に関する本は無かったと思います。 クラウト・デル=ラゴスの参謀であったヘルラックが預言書を書いたということも 初耳ですよ」
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