エミルを探しに家を出てから、息子の部屋に入ったことがなかった。
頭では息子の死をわかっているつもりだが、
息子への思いが少しでも頭に浮かぶと心が折れそうになったので、息子の部屋に入れそうにはなかった。
しかし、ラウケ神団について調べるためにはエミルの部屋にも入らなければならない。
他の情報収集家たちが集めた情報は全部目を通してみたが、
手がかりになりそうな情報はなく、確かな情報すらなかった。
文献室に保管されているラウケ神団に関する情報は
全てラウケ神団の人たちの証言を基づいたものだった。
‘ラウケ神団の人たちは、現在ロハン大陸にモンスターが急増し、
人々を攻撃してくるのは終末の象徴であり、
下位神たちがロハン大陸のみんなを滅亡させるために仕組んでいるためだと言っている。
彼らは真心をこめた祈りだけが、神様の怒りを抑えて、
終末の悲劇を避ける唯一の方法だといった。
ラウケ神団は預言者ヘルラックが残した預言書に基づいて行動しているそうだ。
ラウケ神団の人たちはその真実を皆に知らせるためにこの大陸を旅していると信じていた。
彼らは自分たちの行動に自信を持っていた。
ラウケ神団の教主はエリシャという人だそうだ’
これが文献室にあったラウケ神団に関する資料だった。
これだけでは息子がなぜラウケ神団に入ったのか分からない。
部屋の前でタスカーは深呼吸をし、心を落ち着かせてドアを開いた。
エミルの部屋は何も変わってない。
エミルは二度と自分の部屋に戻れないことを予感していたのか、部屋は綺麗に片付けられていた。
朝の日差しに満ちている部屋はあまりにも平和で何もなかったかのようだった。
ベッドに近づくとエミルがぐっすり寝ているような気がする。
タスカーは自分の願いが叶わないことを知っていながらも、何かに導かれるようにエミルのベッドに近づいた。
もう死んだ息子のベッドが空っぽなのをみると、涙が溢れ出した。
息子のベッドに膝をついたタスカーは溢れ出す涙を止められず、枕をなでていた。
主人をなくした部屋には低い泣き声だけが満ちている。
泣きながら枕をなで続けていたタスカーの指先に何か硬いものが当たった。
タスカーは枕の下を見ると、小さい本が置かれているのに気がついた。
震える手で本を開いてみると、見慣れた筆跡でそれは書かれていた。
エミルの日記帳だったのだ。
タスカーは丁寧に1ページずつ読み始めた。
自分が知らなかったエミルがそこにはたくさん書かれていた。
好きになった女の子の話、友達と喧嘩した話、自分の夢、希望など
タスカーに話したことがなかった、エミルの話が書いてあった。
エミルは自分が知っていたより、大人しくて繊細な人だった。
微笑みと涙が混ざり合う中、日記の途中で気になる文章を見つけた。
‘神は本当に存在するのか…’
タスカーは信じられない気持ちになって、繰り替えして読んでしまった。
何回を繰り返して読んでも意味は一つだけだった。
エミルは神の存在を疑っていた。神の存在自体に疑いを抱いている子が
どうして神への祈りで世界を救えると信じている宗教に熱中したのか理解できなかった。
‘僕が神の存在に疑問を抱いていることを知ったら、母はびっくりするだろう。
神様を疑う人はありえないバカだといわれるだろう…
僕も神の存在に疑問を持っていなかった…
ブタマさんがモンスターに襲われて亡くなった話を聞くまでは…
ブタマさんは、僕が知っている人の中で最も神に誠実な人だった。
学校の前で甘い菓子屋をしているブタマさんの心はシルバ神への思いで満ちていた。
充実した生活をし、司祭たちの話通り、一日3回神へ祈りを捧げた。
僕はブタマさんに何を祈っているのか聞いたことがある。
彼は全てが女神の恩寵だから、全てについて感謝の祈りを捧げていると言った。
僕は彼が女神から一番好まれるハーフリングだとずっと思っていた。
いつかはかわいい女の子のパパになるものだと思っていた。
しかし、ブタマさんは病気になった奥さんのために薬草を取りに森へ入ってモンスターに殺された。
信じられない…葬式に参加してもブタマさんが亡くなったことが信じられなかった。
彼は心をこめてシルバに祈りを捧げていたのに、そこにあったのは死だけ。
葬式からの帰り道だった。神が本当に存在するものなのかどうか疑問を抱いたのは…’
タスカーもブタマについて知っている。
エミルの学校近くにある小さい菓子屋の主人であるブタマは真面目な人だった。
ブタマの死について聞いた時、驚いて悲しんだが、彼の運命だと思った。
それだけだった。
しかしエミルはタスカーより深く考えていたのだ。
その頃は神に関した日記はほとんどなかったが、1ヶ月くらいたってからラウケ神団が登場した。
そこに再びエミルの神への思いが表れていた。
‘午後一人で森の中で歩いていた途中、きれいな歌声が聞こえてきた。
歌の内容は理解できなかったが、すごく癒される気がするきれいな声だった。
声がする方へ歩いていたら、木の下に座って歌っているエルフを見つけた。
彼は僕に気がついてなかったのか、歌い続けていたので、僕も静かに聴いていた。
歌が終って僕は自分も知らず、拍手を挙げた。
彼は驚かずに静かに僕へ微笑んでくれながら、名前をガラパーと教えてくれた。
僕も自分を紹介し、きれいな歌声に引かれてきたと説明して歌の意味を聞いてみた。
彼は神への愛を告白する内容だと言った。
その答えを聞いた瞬間、ブタマさんのことを思い出してしまい、神への疑いも強くなった。
僕の表情が暗かったのか、ガラパーは何か言いたいことがあるのか聞いてきた。
エルフたちの神への思いをよく知っていたので、彼に正直に言えなかった。
答えずに迷っている僕を見ていた彼は新しい歌を歌い始めた。
さっきのようにきれいな曲だったが、なぜか悲しい気がした。
歌が終った後、神へ許しを請う歌だったことを説明してくれた。
僕はやっと勇気を出して僕の本当の気持ちを話した。
今もなぜ彼に正直に話が出来たかわからない。
彼の声とまなざしに安心してしまったのかもしれない。
本当に神が存在するか分からないと告白する僕の話に驚いた様子だったが、
怒ったり、疑問を持たれたりはしなかった。
彼はただ静かに何かを考えている様子だった。そして僕になぜそう思い始めたのかを聞いた。
僕はブタマさんの話をしてあげた。彼は僕の話が終るまで静かに聞いていた。
すると、無理もないといってくれたので、僕のほうが驚いた。
彼は空を見上げて深くため息をついてから話し始めた。
「私は本当に神が存在すると信じています。
最初、この世が創られて私たちが生まれたのは誰かの手によるものだと思っています。
私たちを創ったのが、神ではないとしたら一体誰なのでしょうか。
ただし、最近起こっている悲しい事件の数々は神様たち怒っているからだと思っています。
神様たちも私たちみたいに感情を持っていて、悲しんだり、怒ったりするのでしょう」
神様たちがなぜ怒っているのかを聞いた。
「さあ、なぜでしょう。なぜ神様たちが怒っているのかは分かりませんが、
私たちが本気で許しを請えばいつかは許してくださるでしょう。
親は結局、子供に負ける存在ではないですか。
あなたはさっきの歌声に引かれてここまできたと言いましたが、
実はあなたの心が歌詞を理解して引かれたのだと思います。
今あなたは神の存在に疑問を持っていますが、心の奥では神を信じていると思います。
神の存在を信じているからこそ、全ての責任を神押し付けているのではないでしょうか?」
僕は頭の中がぐちゃぐちゃになって何も言えなかった。
カラパー自身も僕のように神の存在を疑ったことがあるといった。
ラウケ神団の人々と出会ってから、神の存在に確信を持ち、祈りを捧げていると言った。
僕はラウケ神団について聞いた。
それが僕とラウケ神団の初めての出会いだった’