HOME > コミュニティ > 小説
第十章 狂気を運ぶ雨 第5話 10.07.14

 

「そんな!」

 

アリエが真っ青になって叫びだした。

 

「きっと何かの間違いだよ、セルフ!エルス港連合軍が全軍動き出したなんて!」

 

「アリエ、落ち着け」

 

カエールがアリエを抱きしめて宥める。

 

「私も見た。とんだ予想違いだった。あいつらはこのチャンスを逃さずカイノンを完全に壊滅させるつもりだ。

今彼らと戦うのはタマゴを以って石を撃つのと同じさ」

 

アリエはカエールに抱きついたまますすり泣きはじめる。そんな二人を見つめていたバナビーがセルフに聞いた。

 

「要求は何だったのですか?」

 

セルフは戸惑いがちにカエールとアリエを見やるだけで、何も言わない。

 

「まさか…」

 

バナビーは信じられないという表情でカエールの方を見つめた。カエールはゆっくりと頷く。

ハーフエルフに協力するというジャイアントの手紙が届いた次の夜、エルス港連合軍はその姿を現した。

朝になって、ハーフエルフたちはカイノンを取り囲んでいる連合軍の姿を見ることができた。

想像を超える兵士の数を見て人々は絶句した。

彼らの要求は、ただひとつだけだった。

アルマナの領主であるロザリオベニチとその守護兵を殺したカエールに相応の罪を問うこと。

彼らが許した時間はただ一日だけだった。

一日を、人ひとりの運命を決めるに十分な時間とは言えない。

 

「アリエと二人だけで、お話をさせてください。」

 

カエールは今も泣いているアリエを抱いたまま家に向かった。

カエールに抱かれながら帰るあいだにも、アリエはずっと泣いていた。

家に入って、ベッドにアリエを寝かせたカエールはその涙を拭いてやりながら言った。

 

「まだ誰かが死んだ訳でもないのに、どうしてそんなに悲しそうに泣くんだ?」

 

「でもカエールは行くつもりでしょう。敵軍が要求しているのはカエールの身柄だってことぐらい、私にもわかるよ」

 

「私が行かなければ全員が死ぬことになるぞ。それにヴィア・マレアに行くとしても、必ず死ぬとは限らない。

多分、殺される代わりに死ぬまで牢獄に閉じ込められるだろうさ」

 

「同じことじゃない!」

 

アリエはまた枕に伏せたまま咽び泣く。

カエールは優しくアリエの頭を撫でながら言った。

 

「同じではない。今の我々は多勢に無勢だから彼らの要求を呑み込むしかないけれど、

ジャイアントの支援軍さえ到着すればエルフたちに私の釈放を要求することも可能だ。

私がエルフたちを殺したのはあくまでも正当防衛だったから」

 

「嫌だよ!このまま離れたらもう二度と会えなくなるような気がするの!他の方法を探してみましょう、ね?」

 

「心配するな。お前のためにも、私は必ず生きてカイノンに戻る」

 

窓から入る初夏の日差しが二人を包む空気を優しく暖めていた。

ベッドに横たわりカエールに抱かれたまま泣いていたアリエは、疲れ果ててそのまま眠りついた。

カエールはアリエが深く眠りついたのを確認した後、用心深くベッドから立ち上がって家を出た。

家の前ではセルフがしゃがみ込んでタバコを吸っていた。

家から出るカエールを見たセルフはぱっと立ち上がって何か言おうと口を開いたが、結局何も言えなかった。

 

「後は頼んだぞ」

 

セルフとすれ違いながら、カエールが低い声で言った。セルフは何も言えないままただ涙を流した。

カイノンの入り口に向かう道に、ハーフエルフたちが並んでカエールを見つめていた。

カエールは前を向いたまま、堂々と歩いた。

カイノンの入り口から出ると、武装した連合軍の本陣が見えた。

数え切れない程のエルフとヒューマンの兵士たちがカイノンを取り囲んでいる光景を見て、

カエールは今の屈辱をいつか必ず返してやると心に誓った。

 

 

第10章6話もお楽しみに!
[NEXT]
第十章 狂気を運ぶ暴雨 第6話
[BACK]
第十章 狂気を運ぶ暴雨 第4話
 :統合前のニックネーム