姉とクレムの引きとめを振り払い、ナトゥーは母親を探しに旅に出た。
ラウケ神団という宗教団体については聞いた事もない。
しかし自分のために変な宗教にはまってしまった母親を考えると
自分のために流した母親の涙を考えると
ロハン大陸の隅々まで歩き回ってでも、母親に出会いたいと思った。
何処へ向かえばいいか分からないが、とにかく南へ向かうことにした。
朝日が昇る頃にはドラットの南部、エスカの川辺に着いた。
一晩中走り続けたライノにも水をやり、自分も休む為に川辺に座り込んだ。
ナトゥーは川に顔を浸し、冷たい水をゴクゴク飲んだ。
少しは心の中で渦巻いていた熱気も冷めるような気がした。
ライノは水を飲んだ後自分の体を洗っていた。
ナトゥーは自分もカイノンから離れてからお風呂に入ってないことに気が付いた。
母親が手紙一枚残し、何も言わずに家を出たということを聞いた瞬間に飛び出したので、
持っているのは身にまとっている鎧と2本の剣だけだった。
「体も洗って、魚でも獲って食べようか」
ナトゥーは独り言をつぶやきながら、鎧を脱ぎライノの背中に縛っておいた。
顔だけが水面に出られるぐらいに深い所まで泳いで行き、ナトゥーは水にもぐり魚を獲った。
川辺にいるライノの隣に獲った魚を投げ続け、ある程度体もきれいになり
食糧も確保できたと思ったナトゥーは川辺に戻った。
しかし、魚は全部消えていた。
代わりにセントールウォリアーが焚き火で魚を焼いていた。
ナトゥーは剣を引き抜いた。
剣が引き抜く音を聞いたセントールウォリアーは振り向いた。
彼はナトゥーに対して警戒は愚か、親しく手を振りながら声をかけた。
「お〜い、魚にぎっしり肉がのっているぜ。君も一匹食べてみろ」
森の中で出会うと攻撃してくるセントールウォリアーとはまったく反応が違ってナトゥーは少し慌ててしまった。
「とりあえず、何か着た方がいいな。裸の人と食事するのはちょっとあれだね」
セントールウォリアーは魚をもう一匹食べながらしゃべった。
ナトゥーは警戒を解けず、両手に剣を握ったまま動かなかった。
「おい…攻撃しないから、そんなに警戒しなくて大丈夫だ。
まあ…いきなり信じてくれと言ってもしょうがないか」
彼は背負っていた弓と矢筒を解けてナトゥーの前に投げながら話した。
「さあ、そうすると安心だろう?早く来ないと俺が全部食ってしまうぞ」
ナトゥーは手が届くところに剣を差し込み、ライノの背中に縛っておいた鎧をまとった。
ナトゥーは焚き火に向かい、セントールウォリアーの向かい側に座った。
睨み続けているナトゥーをみながらセントールウォリアーは焼いていた魚を渡した。
「そんな怖い目で睨まないでくれよ。食べる為に獲ったんだろう?
焚き火を起こしたのは俺なんだぞ。手数料で何匹か食べていると思ってくれないかな」
「燻製にして旅行の食糧に使うつもりだったのだが。ずうずうしいな」
「ははは。よく言われる言葉だ。まだたくさん残っているから、俺が燻製してやろう。
こう見えても料理には自信があるぞ。
あ、ちなみに俺はイジケだ」
料理に自信があるというセントールウォリアーの表情にナトゥーはあっけなく笑い出してしまった。
「そうそう。笑うのだ。最近は笑うことがあまりにもないから、努力するべきだぞ」
「無理やり笑うってことか?」
「無理してでも笑わないと笑う方法すら忘れてしまうんだ。
俺の仲間はいつの間にか笑う方法すら失ってしまった。
そうか…下位神たちから、他の種族を攻撃するように命令されてからだった…」
「何?」
青い葉っぱを焚き火に入れながらイジケが話した。
「おかしいと思ったことはないか?昔お前らの先祖たちは俺らと一緒に狩りをしていた。
しかし、今はどうだ?出会った瞬間からお互いを攻撃しているだろう?
全ては下位神たちに命令、いや、脅かされているためだ」
「下位神たちがお前たちを脅かしていると?ジャイアントの創造神であるゲイルは?
マレアは?フロックスは?」
「そう。下位神たちから脅かされた。俺達だけじゃない。サーペンター、ノール、アピル…
少数種族たちは皆下位神たちに脅かされた」
「何と脅かされた?」
乾いてない葉っぱの煙で魚を燻製しながら、イジケは静かにしゃべった。
「自分たちがロハンの主な種族たちを抹殺することに協力すれば、命は救うと」
イジケの衝撃的な発言にショックを受けたナトゥーは信じられないといった表情になった。
「信じられないだろうけど、事実だ。理由は分からないが下位神たちはロハンの主な種族を
抹殺することを決めていた。俺ら少数種族は生き残るために協力することを誓った。
しかし…無駄なことだと思う。結局彼らは全ての生命体を殺すつもりだろう」
「嘘だ!」
「信じるかどうかはお前の判断だ。しかし最近の流れを見れば俺のいうことが嘘ではないことが分かるだろう?」
ナトゥーも戦闘の中で数多くの死を見ながら、
神たちがもしかして自分たちを見ていないのではないかと疑ったことはある。
しかし、イジケの話はあまりにも衝撃的な事実なので、受け入れることがつらく感じられた。
「そういえば、ラウケ神団の人たちみたいなバカはないだろう。
もう聞く耳を閉じている神たちに祈りをあげてもしょうがないだろうが…」
「何?今何と言った?」
「耳を閉じている神たちに祈りをあげてもしょうがないと」
「いや、その前、ラウケ神団と言ったか?」
「そう。ラウケ神団の人々よりバカはないだろうと言ったが」
ナトゥーはいきなり立ち上がりながら聞いた。
「ラウケ神団について知っているか?」
「ああ。森で旅行している彼らをよくみかけた。それが何か?」
「ラウケ神殿修道院を探しているんだ。何処にあるか知っているか?」
「あ…一回聞いたことがあるな…そうだ。エルフの首都、ヴェーナの南の方にあると聞いた。海辺にあると」
ナトゥーは素早くライノに乗った。
「おい!待てって!」
イジケは燻製した魚を自分の矢筒に入れて、ナトゥーに渡した。
「何でそんなに急ぐのか分からないが、お前の目を見るとすごく大事な人のためだろう?
ぜひ再会することを願うぞ。
そして…この世が終わる前に縁があればもう1回会って話がしたいな」