侍女を帰らせた後、キッシュとハエムは何も言わなかった。
先に口を開き、沈黙を破ったのはハエムだった。
「ある程度予想はしていたものの…まさかここまでするとは…」
「俺が死ねばドビアンが国王になると思ったのでしょうか」
「そうですね」
「カルバラ大長老がドビアンを国王にさせたい理由はなんでしょうか?
いったいなんの理由でここまでするのでしょうか?」
ハエムは重たいため息をはいた。
「さあ…個人的な意見ですが、ドビアンを国王にさせたいというより、
キッシュ様が国王になることに反対しているのではないかと思います」
「なぜですか?なぜそこまで俺に反対するのか、正直わかりません」
「おそらく、私があなたを推薦したからではないですかね。
私とカルバラ大長老はデカンの未来に対して意見が正反対でした」
「これからどうするつもりですか?」
ハエムは椅子から立ち上がりながら答えた。
「彼は国王の次に高い地位の大長老です。しかも彼が侍女を操り、あなたを殺そうとしたというのは、
私たちの推測に過ぎません。確実な証拠がない以上は…」
「ではこのまま見逃すってことですか?」
「そうするしかなさそうです。なんの証拠もなく、大長老の罪についての話はできません」
キッシュは納得いかない表情でハエムを見上げた。
ハエムはドアに向かいながら話した。
「罪を犯した人はその代価を必ず払うものだと信じています。
時が経てば大長老の仕業についても罰が下るはず。
まずは落ち着いてください。キッシュ様の安全が第一です。では私は失礼します」
ハエムが部屋を出てから、キッシュは低く文句をつぶやきながらベッドに横になった。
天井には渦を巻き、体を隠している青い龍の絵が描かれている。
天井から見下ろしている龍の紫の目は、なぜか先の侍女の目を思い出させた。
「許せない…」
キッシュはいきなりベッドから飛び出すように立ち上がった。
国王の次に地位が高い大長老としても、罪のない他の人を利用して悪行を図ることは卑怯だ。
キッシュが最も許せない人間は卑怯な行いをする人間である。
キッシュはマントをかけて、他の人から目立たないように注意しながら、カルバラ大長老の家に向かった。
自分の手で処罰するつもりではない。大長老が自らアルメネスから離れるように話すつもりだった。
外からの威嚇から内部を守るべきの今こそ、静かに進めたいと思っていたからだ。
カルバラ大長老は宮からあまり離れていない。
高い壁に囲まれ、青い真珠と白い珊瑚に飾られている2階建ての邸宅は、
人目で大長老の家だと分かるものであった。
2階の部屋に光がついているところをみて、人がいるのは確実だが、正門ドアを叩いても反応がなかった。
何回か叩いてみたが、沈黙だけが返ってきた。
‘居留守をするつもりか…’
わざと自分を避けているのかと思い、気に障った。
どうしても大長老に会う必要があると考えたキッシュは、マントで紐を作った。
紐の先に腰につけていた短剣を結び、思いっきり投げた。短剣が塀の上にある石像にひっかかり、固定された。
キッシュは塀を登った。1階に光が着いているところがないせいなのか、塀の内側は暗くて静かだった。
1階の玄関ドアを叩いてみたが、1階に人の気配は感じられない。
取っ手をまげてみると以外と錠は開いていた。キッシュは剣を握り、静かに中に進入した。
大きな窓を通して入ってくる月の光に室内の様子が確認できた。2階に上がる螺旋型の階段が目に入った。
キッシュは音を立てず階段を上った。2階には部屋が多かったが、先見えた光は一番奥の部屋からだった。
ドアを叩こうとしているところに覚えのない声が聞こえてきた。
「今頃、侍女はキッシュを殺した短剣で自分の首を刺しているところでしょう。
後でキッシュと侍女の遺体を見つけた人々は、キッシュが侍女を誘ったが断れてしまい、
怒りを抑えられなかったキッシュが無理を強要、抵抗した侍女の反撃にキッシュは死んでしまう。
侍女は国王の後継者を殺してしまったショックで自殺した。という筋書きですね」
初めて聞く声だが邪悪さを感じられた。なぜか鳥肌が立った。
「侍女は確実に自殺するのか?証拠は残らないだろう?」
大長老の声が聞こえてきて、やっと気が戻った。
「ご心配なく。侍女はキッシュに出したお菓子とお茶をはじめ、全ての痕跡をなくしてから自殺します。
文字通り悪魔に操られ動くだけです」
「君の言葉を信じてみよう。アドハルマ」
アドハルマという名は初めて聞いたが、悪魔の魔法に詳しい人物らしい。
先に、ハエムから悪魔に詳しい友達が一人いると聞いたが、もしかして同一人物かも知れない。
「大長老の侍女を犠牲にしたことはすこし残念でした。結構気が利く子でしたからね」
「アルメネスの復活のためなら、多少の犠牲は当たり前だろう」
短剣を握ったキッシュの手に力が入った。
‘アルメネスの復活…?いったい彼らは何を考えているんだ!’